乙女ゲームの影薄いモブのはずだけど、なんだかどこかおかしい。 | ナノ

▽ もしもあやめが男なら 11


【ラーン、ラン、ランランランラーン…♪】

 少女たちの不気味な歌が薄暗い通路に響く。
 そこを歩いていた二人の若いカップルはキョロキョロ頭を動かしてその歌の声の主を探すが見当たらない。
 彼女は彼氏の腕にギュウと抱きついて「怖い…」と助けを求めているが、当の彼氏の方もガクブル状態。
 こういう場所が苦手なのに彼女の手前、格好つけて入ったらしい。

【いいなぁその顔……】

 シャリシャリ…と金属同士が擦れ合う音が二人の耳に入ってきた。二人はギクリと固まる。

【…俺は人の怖がる姿を見るのが大好きなんだ】
「ヒッ!」

 ツツツツ…と彼氏の背中をなぞる、先の尖ったなにか。
 それに引きつった声を上げる彼氏。

【夢の世界へようこそ…!】

 強張った顔で二人がゆっくりと振り返ると、そこには顔面が赤くケロイド状態になっている男がニタリと愉快そうに笑っていた。
 それには二人共息を呑む。
 その場から逃げようにも足が固まってしまって動けないようである。

 そんなこと構わず、ケロイド顔の男は鋭く尖った鉤爪をシャリシャリ鳴らしながらそれを彼氏の胸に突き立てた。鉤爪を縦横無尽に動かしながら低い声で呟く。

【なぁ、俺と遊ぼうぜ…?】
「ぎゃぁぁぁぁあっぁぁぁ…」
「タカシ!? ちょっとまってよ!!」


 彼氏(タカシ)は彼女を置き去りにして逃げていった。あのカップルの絆に亀裂が走った瞬間である。
 タカシはその先にあるジャパンホラー扮するチーム呪○のタッグにより、更に悲鳴を上げていた。
 仕事を全うした俺がそれを見送っていたら、「あっ! 田端先輩だ!」と声を掛けられた。
 振り返るとそこには小動物系女子一年の室戸が友達と一緒にいた。

「…これでよく俺だと分かるなお前」
「分かりますよー。わぁ怖い! 写真一緒に撮ってもいいですか?」
「…いいぞー。…おいちゃんはな、子供が好きなんだ。特に小さい女の子が…」

 そう言って俺は鉤爪をシャリシャリ鳴らしながら室戸に近寄った。端から見たらただの不審者です。本当にどうもありがとうございました。
 室戸を怖がらすために言ったんだけど、何故か俺の無防備な腰に拳が叩き込まれた。

ドスッ
「ぐぇっ!?」
「あっくんの馬鹿! スケベ!」
「はぁ!? ていうか仕事してるだけだろうが! ロリコンなんだぞフレデ○は!」

 ブラッディナース扮する本橋はけしからんおっぱいの谷間と生足を惜しげもなく晒している。
 眼福だけども…ここ高校だから、さすがにその格好はまずんじゃね? 
 誰も何も言わない。これが乙女ゲームクオリティなのか。
 
 俺はちゃんと仕事をしていたのに殴られ、そして罵倒された。理不尽である。
 本橋に睨まれながらも室戸とその友達と写真撮影を済ませて彼女らを見送っていたのだが、眉間にシワを寄せて般若みたいな顔をした本橋が俺の耳を引っ張ってきた。

「あぁいうこと他の女の子に言うのはやめて!」
「イテテテ…」

 意味がわかんねぇよ。
 ロリコンじゃないフレデ○はただのフ○ディじゃねぇか。ロリコンだからフレ○ィは味があるんだぞ。
 
 思うんだけどさ、コイツのコスプレにせよ、大志の狼男コスにしても人を怖がらす気あんのか? と俺は思うわけよ。
 それに比べて俺はこのお化け屋敷に貢献している。間違いなく呪○チームの次くらいには。なのになんて酷い扱いなんだ。

 
 文化祭初日遅番の俺はお化け屋敷で沢山の人々をおどかしていた。鉤爪とこの不気味なケロイド顔にみんな面白いくらい怯えてくれる。
 和真のリンチ被害以外は特に問題なく文化祭初日は終えた。明日もこの調子で早番頑張るべ。


 うちに帰ると和真は部屋で休んでいた。
 母さんに容態を聞くと病院では骨に異常なし、打撲はあるものの、安静にしていればオッケーと診断されたとのこと。だけど今熱が出てきたので寝かせてるんだってさ。
 和真も遅番だったけどあんなことがあって出られなかった。だから明日は一日ぶっ通しでやると言っていたが、本当に大丈夫なのかね。



☆★☆


【夢の中で会おうぜとっつあん!】
「いやあぁぁぁぁあ!」
「ヒィ!」


 翌日俺は早番だった。
 一般入場の日でもあったので、二人揃って文化祭にやってきた両親(特に父さん)をおどかしておいた。
 家族の中でホラースプラッタが得意なの俺だけだからね。皆こういうのダメなの。
 父さん、悲鳴が女子みたいになっていたからちょっと悪いことしたな。家族サービスのつもりで気合い入れたんだけど。
 
 弟には後で様子を見に行くついでに見せてやろうと思ってる。
 べ、別に和真のためじゃないからな? 俺のためなんだから!
 …わりかしマジで。

 だって昨晩和真が素直にお礼言ってきたんだもん。
 嵐の前触れだと思うじゃないの。
 
 
 早番が終わり、俺は一人で和真のクラスに行こうかなと思ったんだけど、同じく早番の本橋に捕まった。

「あっくん、私と回ろ!」
「えぇ? 俺、弟のクラスに行く用があるんだけど」
「なら私も行く! その代わりにあっくんも私の行きたいところについて来てね?」

 そんなの友達と行けばいいでしょうよ。
 俺はあまり乗り気じゃなかったんだけど、本橋によって引きずら…連れて行かれた。
 そして辿り着いたのは三年のクラスだ。妙に女性客で賑わっている。なんなのここ。 

「あっくん整理券配ってるから貰お?」
「本橋さん、一体何が行われてるんですかここでは」
「カジノだよ! 間先輩と伊達先輩のクラスなんだけどすごく人気なんだって」

 カジノ…カジノねぇ…
 整理券を貰いながら俺は思った。

「公立校、しかも高校でカジノとはこれいかに」

 本橋曰くディーラー姿の生徒会長と副会長が人気らしい。因みに二人共攻略対象な。
 本橋この二人とも仲良くしてたんだな。流石ヒロイン。ていうかこの場合俺はいないほうがいいんじゃないの?

 誘導係によると、俺らの整理券番号で30分待ちらしい。俺たちの後に並んだ人は更に45分待ちと行列はどんどん伸びていく一方である。

 もうやだ。俺別にカジノしたくないのに。それに男のディーラー姿にも興味ありません。

「あの…」
「はい?」
「?! あ、あの伊達志信さんのクラスは此方で宜しかったでしょうか?」

 後ろから声を掛けられたから振り返ると相手は俺の顔を見てギクッとしていた。
 あ、そう言えば俺フレデ○のままだった。

(…小石川、雅…)

 なんとそこには副会長ルートのライバル役が俺の目の前にいたのだ。俺は思わず目を見開いて彼女を凝視していた。
 気高く、凛とした大和撫子で潔い最後のシーンを見た前世の自分はこのライバルキャラに好感をもった。

 ちょっとまってぇ! 実物超美少女! 尊い!! 

 今どき着物を着ている人なんて滅多にいない。着物の柄は派手ではないが、彼女の良いところを引き出す上品なもの。
 彼女の淑やかな美貌は恐怖に滲んでいて…

 うん……俺の姿に怯えてるのね…

 俺はこのコスプレを選んだことを少々後悔しながら、彼女に自分が持っていた整理券を手渡した。

「あげる」
「…えっ?」
「伊達先輩のクラス、入場制限かかってるから。これ持ってたら30分後には入れるよ」

 お詫びのつもりで彼女の手に俺が持ってた整理券を握らせる。俺は別にここに入りたいわけじゃないし、入りたい人に譲ったほうが世のため人のためだと思うんだ。
 と言い訳してみるが、実際は興味がないだけである。

「で、ですが」 
「あぁいいのいいの」
「ちょっとあっくん!?」
「俺は男のディーラー姿にもギャンブルにも興味が無いんだよ。お前だけで行って来い」
「待ってよあっくん!」

 本橋に引き止められそうになったが、この混雑を利用して本橋を撒いた。ヒロインは一人で攻略対象に会ってきなさい。

 …だけどヒロインとライバルをあの場に残して大丈夫かな。
 ……まぁなんとかなるよね!

 俺は後の事は知らん!
 さっさと弟のところに行くべ。
 三年の教室のある階から一年の教室のある階まで階段で移動しようとしたら、意外な人物と再会した。

「あれっ橘先輩のお兄さんじゃないっすか!」
「!?」

 橘先輩のお兄さんはぎょっとした顔で俺を見ていた。
 そんな調子で弟の姿を見たらどうなるのかな。

「…君は」
「こんにちは。電車で遭遇した田端っす。先輩の出し物見に来たんですか?」
「あぁ…」
「…俺のこれでビビるなら、先輩のあれも度肝抜きますよきっと…」

 俺の意味深な言葉にお兄さんは訝しげな顔をしていた。
 あの後どうなったのか、橘先輩見かけたら聞いてみようと思う。

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