乙女ゲームの影薄いモブのはずだけど、なんだかどこかおかしい。 | ナノ

▽ もしもあやめが男なら 9


 思い出すにはだいぶ遅いけど、お化け屋敷の看板にペンキを塗りながら俺は思った。

 この間の大志と本橋が階段で事故チューしてたのってあれがイベントかって。
 俺の勝手な見解だと、久松の次くらいに大志と本橋は仲がいいと思う。…だけどあのイベントは好感度の高いキャラが助けるはずなのだ。
 なんかやっぱり何処かおかしい。

 あの後、大志と真優ちゃんは教室の真ん中で大喧嘩になったそうな。
 事故だからどうしようもないが、真優ちゃんの腹の虫は収まらなかったようだ。乙女ゲームとは言え、カップルが破局するのはどうなんだろうなー。平和じゃないよね。ライバル役の子が泣きを見るだけだし…

「あ。ペンキがなくなった」
「なら俺買ってくるよ。今日チャリで来てるからチャチャッと行ってくる」

 俺は自分の鞄から自転車の鍵を取り出し、ジャージ姿のまま教室を出た。そして近場のホームセンターでペンキを購入すると大体15分位で学校に戻ってこれた。
 俺はペンキを持って、二年の教室のある三階まで階段を登っていた。製作中の看板はあともう少しで完成できそうだ。
 和洋折衷のお化け屋敷のためいろいろ打ち合わせが必要なので、今日中に仕上げたいところである。


 二階に差し掛かった時、丁度階段を降りる途中の本橋と遭遇し、あいつと目が合った。
 まだなんか怒っているらしくて俺の顔を見るなり顔をむっとしかめていた。
 ほんとコイツ訳わからんわ。

 俺ももうビンタされるのは嫌なので、このまま言葉を交わさずにスルーしようとしたのだが、俺の前を歩いていた女子生徒とすれ違いざまに肩をぶつけてしまった本橋の体がぐらりと大きく傾いた。
 相手の女子生徒に見覚えがありすぎて俺はまさか、と目を丸くした。

 だけどそんな事考えている間に、本橋の体は宙に浮いて落下し始めていた
 俺はこれどっかで見たような気がするなと思いながらも、咄嗟に購入したペンキを投げ捨てて左手を広げた。右手は階段の手すりを掴んだままで。

 ──ドサリ!
 俺の左腕に本橋の元の体重の何倍もの衝撃が走る。
 階段の手すりを掴んでいたので俺諸共の転落は免れたものの、すっげぇ腕がビリビリする。

 なんとか本橋をキャッチすることが出来た俺は階段の上を見上げる。そこには憎々しげに本橋を睨みつける真優ちゃんの姿があった。

「あ、あっくん…」
「…怪我ないか本橋」
「う、うん」

 頬を赤らめて目を潤ませた本橋が俺を見上げていたが、きっと怖かったに違いない。結構高いところから落ちていたから。
 大変な目に遭った後だとは思うけども、現行犯逮捕が重要。
 俺は本橋がちゃんと立てるのを確認すると、階段を駆け登って真優ちゃんの腕を掴んだ。

「いたっ! 痛い田端君!」
「こっちに来い!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ俺らはきっと女の子に無理強いしている図柄に見えるだろう。
 だけどこれは放置できることじゃない。
 俺は真優ちゃんを少々乱暴に引っ張って行き、自分のクラスである2−Aのドアを乱暴に開いた。

「おいっ! 大志!!」
「!? …敦…に真優…?」
「今コイツが本橋にわざとぶつかって階段から落としてたぞ!」
「…は?」

 教室にいたクラスメイト達の視線が一斉に俺へと集まる。
 俺は真優ちゃんを無理やり教室内に引き込んだ。公開処刑みたいだけど、事が事だろうが。

「嫉妬にしてはやり方が過激すぎる気がするんだけど、なにか申し開きあるか?」
「だ、だって」

 俺は基本的に女の子には怒鳴ったりしない主義なんだけど、あれはダメだ。
 見て見ぬふり、泣き寝入りしちゃいけないことだろう。

「なんとか言えよ。なぁ、例えば大志が仮に浮気してたとしてもな、相手を怪我させるなんてしちゃいけないんだよ。そもそも大志が浮気なんて器用な真似できる性格じゃないってわかんないか?」
「だってキスしてたじゃない! 田端君も見たでしょ!?」
「事故だろうが。見てたらわかるわ」
「それにあの子と大志は仲がいい! 楽しそうに喋ってるもの!」

 真優ちゃんはキレ出した。
 仲がいいねぇ…確かに仲はいいほうだとは思うけど、クラスメイトの範囲でだと俺は思う。
 本橋は転入生だからクラス全体でサポートしてるし…

「真優、お前…なんてことを」
「夏祭りの日だってあの子と抱き合ってた!」
「だから誤解だって言ってるだろ!」
「あんな子、怪我して学校こなければいいのに!」
「真優!」

 こりゃいかん。
 嫉妬深くても、人に危害を加える子とは思っていなかったのに。
 怪我で済むとでも思ってるんか?
 打ちどころが悪かったら死んでたんだぞ?

 それともそうなっても良かったとでも言うのか?
 俺本当こういうの嫌いなんだけど。

「…朝生、お前がしたことはただの傷害。下手したら殺人未遂だよな。わかる?」
「わ、私そんなつもりじゃ」

 感情が高ぶってきたのか真優ちゃんの頬を涙が伝った。
 女はいいよな。泣けば大方許されるんだから。
 堂々と泣くのが許される立場なんだから。

 だけど俺は許しませんよ?

「泣くなよ。泣けば済むとでも思ってんのかよ? ここで泣くのは卑怯だろうが。加害者のくせに」
「そ、そんな…」
「ちょっとあっちゃん落ち着きなよ~女の子には優しくしなきゃ~」

 事の次第を眺めていた沢渡が俺の肩を叩いて宥めてくるが、奴の言っていることは今のこの現状には適用できない。
 それに俺はできるだけ声を荒らげないように心がけてるつもりなんだけど?

「打ちどころが悪かったら本橋は死んでたかもしれないんだぞ。自分勝手な言い訳すんじゃねーよ!」
「…!」

 目を大きく見開く真優ちゃんは今頃になって自分のしでかした事の大きさに気づいたらしい。いやいや遅すぎるでしょうが。
 俺は彼女から目をそらし、側でぼうっと突っ立ってる大志に目を向けた。

「大志、お前が落とし前ちゃんと付けろよ」
「え、あ、あぁ…」
「本橋、帰る準備しろ」
「えっ?」

 俺たちの後を追いかけてきた本橋が俺らの後ろでずっとオロオロしていたのは知っていた。
 この様子じゃ怪我とかは大丈夫そうだが、階段から落ちたんだから大事を取ったほうがいいと思う。

「送ってやるから、お前家帰れ」
「で、でも」
「早くしろ」

 急かされた本橋は慌てて鞄を取りにいく。
俺は未だジャージ姿だけど着替えんのが面倒なので制服を袋に入れて、鞄と一緒に持ち上げた。
 足を縺れさせながらこっちにやってきた本橋の手から鞄を取り上げると、俺はクラスメイト達に声を掛ける。

「皆悪いけどあと頼むな」


 自転車で学校に来たけど、仕方ないので今日は電車で帰る。電車に揺られて、自分の最寄り駅の三つ手前で途中下車した。
 本橋の家までの道は夏祭りの時歩いたから道順は覚えている。

「あの、あっくん」
「気にすんなよ。大志の彼女、嫉妬焼きなだけだから。お前は悪くないよ」

 本橋は歩くのが遅いので歩調を合わせるのが難しくて合わせる努力はしたけどもどうしても前を歩いてしまう。……自分のペースで歩けないのってストレスなんだよなぁ。
 歩くのが早いと訴えたいのか、ツンツンとジャージの端を引っ張られたので足を止めて後ろにいる本橋を振り返った。

「…あっくん、庇ってくれてありがとう…」

 本橋が顔を赤くして俺をうるうるした目で見上げていた。夕焼けに反射してそう見えたのかもしれないけど、俺は思った。

 ヒロインの魅力すごいわ。と。

 思わずドキッとしちゃったよ。



 その後どうなったかは、夜沢渡から連絡が来た時に聞いた。
 あの場で別れ話になったらしいけど、真優ちゃんが泣きじゃくって別れ話を拒否する形で曖昧に終わったそうな。

 だけど痴話喧嘩は余所でやってほしいよね。真優ちゃんを教室に引き込んだ俺が言うのは何だけど。


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