乙女ゲームの影薄いモブのはずだけど、なんだかどこかおかしい。 | ナノ

▽ もしもあやめが男なら 3


 家に帰って気づいたけど、あれ和真とヒロインのイベントじゃなかったっけ。
 ……うん、そんなこともあるさ。

 俺はイベントの邪魔を無意識にしてしまったらしい。やべーやべー。
 ていうかヒロインである本橋が全く攻略対象と接してないし、これどうなってんだ? まさか俺を主人公にしたギャルゲー…なわけないか。
 アホなこと考えてないでとっとと寝よ。

 23時頃、風呂から上がって台所で飲み物を飲んでたら和真がちょうど帰ってきた。
 俺は廊下に出て弟に声を掛ける。

「遅かったな和真。…遊ぶのはいいにしても人道に反することするんじゃないぞ。ていうかお前ね、」
「うぜぇ」

 イラッ

 何という弟なんだ。兄に向かってうぜぇだと?
 世の乙女はこんなクソ生意気な弟でもいいっていうのか。あれか? ただイケってことか。

 まだ話は終わってないというのに和真は俺の横を通り過ぎて自分の部屋へと上がっていった。

 あー腹立った。絶対盆の帰省に縛ってでも連れてったる。ばあちゃんは孫世代の誰よりも和真がお気に入りだ。連れてかないと機嫌損ねるだろうから絶対連れてくぞ。



☆★☆



 お盆シーズンに帰省した祖父母の家には親戚一同が集まっていた。親戚一同は不良化した和真に注目している。

 和真は終始不機嫌だ。
 早朝から叩き起こして車に放り込んだことまだ怒ってんのかな。


「かずちゃん、高校はどう? お友達はできた?」
「……別に」

 友達できてないのかお前。お兄ちゃん知らなかったぞ。
 寿司をむしゃむしゃしながらばあちゃんと和真のやり取りを静観していた俺。あーイクラうめぇ。

 ぶっちゃけ親戚の集まりってくっそつまらない。集まって何が楽しいの?
 俺はそんな時ひたすら食べることに徹する。同年代の従兄弟達は今回不参加のようで話相手もいないし、俺も年末年始不参加で行こうかな。
 バイトしてるほうが余程有意義だし。

 自分の手の届く範囲の食料を消費する俺は隣でムッスリしている和真の顔を伺う。
 ほんとコイツは赤ん坊か。言いたいことあるなら言えばいいのに。不満も言わないでグレて…人の話聞かないで反発して…本当に何なの。

 ゲームでは成績が落ちて挫折を味わったっていう設定だったけどさ、そんなの俺しょっちゅうよ?
 俺は和真と違って頭はそこまで良くないし、平凡だし、努力しないと今の高校だって入れなかったさ。
 成績が落ちてショックなら勉強すりゃいいのに。俺にはコイツの考えがわかんない。

 和真の態度に慌てたのは母さんだ。

「こら! 和真、なんなのその口の聞き方は!」
「いいのよ貴子さん」
「いえ、この子ったら最近反抗的で……本当にすみませんお義母さん」

 母さんが和真の代わりに頭を下げていた。
 なのに弟はそっぽ向いている。

「ほら、和真! おばあちゃんに謝って」
「……うるっせーな! ババァ!」
「こら和真! お前お母さんになんてことを!」

 母さんに対して暴言を吐き出した和真に父さんも怒り出した。ああなんか不穏な空気が流れ始めたぞ。俺は口の中のものを大急ぎで咀嚼して、烏龍茶で流し込んだ。

「うっぜぇ……うっぜぇんだよ! 毎日ヒマしてる主婦のババァに俺の何がわかるんだよ! 偉そうにしてんじゃねーぞ!」
「和真!」
「産んでくれなんて頼んでねーし! 俺だって生まれたくなかったよ!」
「っ……!」

 母さんが傷ついた表情を浮かべた。
 それを見た和真はバツが悪いのか顔を背けていたが、謝る気配はない。
 俺は出来る限り優しい声を出すよう心がけて和真に話しかけた。

「…なぁ和真、お前何が不満なわけ?」
「…は?」
「怒らないから言ってみ? お前だって意味もなく母さんを傷つけたいわけじゃないよな?」

 頭ごなしに叱るのは誰だって出来る。
 だけど今の和真にはそれはダメだ。だから俺は聞く態度をとったのだが…

「うっぜ」
「………」

 和真は舐め腐った態度で俺の提案を一蹴した。
 あぁーもうコイツはほんとに…

 ──ゴツ!

 俺はグーにした拳を和真の頭頂部に叩きつけた。
 和真は構えていなかった痛みに頭を抱えて唸っていた。
 俺も殴った方の手を擦る。殴った方も痛いんだからな!!
 
「なにするんだよ!」
「いい加減にしろよお前…お前が何がしたいのかわかんねぇんだけど。なぁ親困らせて楽しいか? 母さんを悲しませてお前は嬉しいのか?」

 和真のTシャツが伸びるかもしれないけど乱暴に胸ぐらを掴んで凄む。凄んでも平凡顔の俺の顔はそんなに怖くないだろうけどさ。
 拳骨の痛みで涙目になっている和真が俺の凄みに負けじと睨んでくる。いい度胸である。

「成績下がったのがお前のプライドをへし折ったのか? 学校に馴染めないのか? それとも不良でいることがカッコいいとでも思っているのか?」
「…うるせぇよ」
「あぁ図星か? …はっきり言って今のお前過去最高にダセェから」

 俺の挑発に和真の顔に怒りの感情が現れた。弟の手はきつく握られ、わなわな震えている。
 もしかしたら殴り合いになるかもなと覚悟しながら俺は弟の目を真っ直ぐ見つめて更に続けた。

「なぁ、今までお前何してきたよ? お前は中学までなーんにもしなくても勉強できたよな? 入試のときですら大した努力せずに高校合格した。それは素直にスゲェと思ったよ」
「…なんだよ何が言いたいんだよ」
「だからお前といっつも比較されたわけよ。和真くんのお兄ちゃんなのに勉強できないんだねって。俺それが悔しくてめっちゃ努力してるわけよ」

 それに俺だけじゃない。世の中の人は必死こいて勉強しているのが大半だ。

「勉強しないと出来ないのが当然なんだよ。何もしないでいい点取れるのはほんの一部だけだ。お前、自分が出来が良いからって傲(おご)ってるだけなんだよ。自分の責任なのに親に迷惑かけてんだよ。マジだっせぇ」

 俺はハッと鼻で笑って弟を馬鹿にする笑みを浮かべた。きっと弟はイライラしていることであろう。

「お前のやってることってさ、駄々っ子と一緒なんだよ。わかる?」
「…黙れよ」
「やだね。お前のそんなちっぽけなプライドのせいでこっちは嫌な思いしてんだよ。お前ほんっとにいい加減しろよ」
「うるさい!」
「母さんは毎日俺らのために頑張ってくれてんだぞ! お前が母さんを馬鹿にすんな! 専業だからなんだよ! お前は何一つ家事できねぇだろうが! 働いたことだって無いだろうが! 偉そうに口答えしてんじゃねぇ!」

 俺の怒鳴り声は古い家にこだました。
 ついついヒートアップしちゃったけどこれでこの馬鹿も理解して…

 ボコッ

「うっ!?」
「うるせー! 兄貴づらすんな!」
「兄貴だよ! 死ぬまでお前の兄貴なのは決まってんだよ! お前表に出ろ!」

 まさかの腹パンが来た。
 ダメだこいつ言葉じゃ理解してくれない。
 ていうかもうイライラする。
 寄り添っても諭しても叱責してもダメなんだもの。
 お兄ちゃん激おこぷんぷん丸だわ。

「お前のそのキレイな顔面をボコボコにしてくれるわ!」


 親が止めるのも聞かずに俺たちは外で殴り合いの喧嘩をした。ほんとに顔中心に殴ったので和真の顔は男前に代わった。
 まぁ俺もしこたま殴られて顔面アンパン○ンみたいに腫れあがったんだけどね。
 バイト、長めにお盆休みもらっといてよかったわマジで。






「あれー副委員長。今日も予備校行ってたんすかー?」
「……………田端、か?」

 たっぷりの間を置いて副委員長は自信なさげに俺の名字を呼んだ。そんなに人相変わってるだろうか。

「そうですそうです。最近よく会いますね」
「…お前、それどうした」
「あの後弟と対話したんです。殴り合いで」

 アイスを買いにコンビニに出掛けてたらまた副委員長を見かけたので声を掛けたんだけど副委員長は俺の顔を見るなりぎょっとしていた。だいぶ腫れは引いたんだけど痣がね。

「漸く理解してくれたのか最近おとなしくなったんスよ」
「…そうか…だけど話し合いじゃダメだったのか?」
「ダメでしたね。一応俺も努力はしたんですが。…世界から紛争がなくならない理由がわかった気がします俺」

 だけど俺は思った。
 暴力反対! とは言うものの、時に必要なんじゃないかって。多勢に無勢は勿論ダメだけどさ、俺達みたいに年の離れてない兄弟の喧嘩とかならありなんじゃない? 痛みがないとわからないこともあるんじゃないかって思うんだ。
 
 俺の発言に副委員長は変な顔していたけど「ほどほどにな」と声を掛けるだけで済んだ。


 あの日弟と喧嘩しながらお互い不満に思っていたことを怒鳴り合いながら殴り合いしたんだけど、お互い大小あれど色々溜め込んでたみたいだ。自分は吐き出すことが出来てスッキリしている。

 イケメンで頭良くても不満があるのかと思ったけどそれなりの悩みがあるらしい。
 外見でしか人が寄ってこないとか、不良の集まりでも女を引き寄せる客寄せパンダみたいになってるとか。

 うーんフツメンにはわからぬ苦悩すぎて理解できん。だけどそれ和真が中身を磨いて努力しないと何も変わらないと思うよ。

 俺だって和真と外見を比較されて嫌な思いをしたことあるからそれをぶちまけたけどね。
 本当俺が男でよかったよ。女の子ならひどく傷ついてたわ間違いなく。
 だけどこんなこと弟や親に言っても俺の顔は変わらないから黙ってたけど…


 乙女ゲームの本来の俺…女の子のあやめはだから和真と不仲だったのかもな。


 副委員長の前でぼんやりそんな事を考えていると、副委員長がボソリと何かをつぶやいていた

「…でもまぁ、兄弟同士でぶつかれるだけマシか」
「…え? すいませんもう一度お願いします」

 ぼんやりしていたせいで聞き逃した俺は聞き返したが、独り言だと濁されてしまった。


 なんでそんな暗い表情してるのかが気になったけど、副委員長とそんなに親しいわけじゃないので踏み込むマネはしないでおいた。

 人それぞれなにか悩みがあるんだろうなと漠然と考えながら、副委員長と別れたのである。

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