短編 | ナノ

二度と恋なんかしない。これ振りとかじゃないからガチだから。【後】

「人の厚意を無下にするからだろ」

 サークルの件があったので、私は軽く人間不信に陥っている。だから誰にも熱を出して寝込んでいたことを言わなかったのに、次に会ったあの男は小馬鹿にするような顔で私を見下ろして言った。

 ……病み上がりなのが分かるのかな。少し痩せたしな。
 それを指摘されたのが悔しくて私は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「……ほんと、かわいくない女」

 ぼそりと悪口を言われたが、目の前にいるのではっきり聞こえた。
 何なんだこの人。この間から失礼なことばかり言って! 言っておくが私とあなた、悪口を気軽に飛ばすほど親しくないんだよ。これは宣戦布告として受け取っていいのね?

「どうせブスですから」
「かわいくない上に性格ブス。最悪だな」
「あんたに性格のこと言われたくないんですけどねぇ!」

 ブスブスとうるさいんじゃ!
 顔が良ければ何を言ってもいいという法律なんかないんだ。
 ……ていうかこの人こんなに性格悪かった? もともと愛想がいいタイプではないけど、前はもうちょっと優しさがあった気がするのに……化けの皮が剥がれたのか!!
 ずっと前から私のことが気に入らなかったからこの機会にぼこぼこにしてしまおうっていう算段ね!? 性格悪っ!

「ブスが嫌いなら近づかなければいいじゃん。今度からグループワークも他の人のところに混ぜてもらってね」
「……別に嫌いとは言ってないだろ」
「私は君のこと嫌いになった。顔も見たくない。一緒にワークしたくないの」

 はっきりきっぱり仕返ししてやった。
 すると、相手は表情を強張らせて、ぴしりと固まってしまった。

 ……自分は好き勝手罵倒してきたのに言い返されるのには慣れてないってところだろうか。
 溜飲を下げた私はふん、と鼻を鳴らすと奴の前から立ち去った。



 ……なのだが、時間が経つにつれてあの男に言われた言葉が頭の中を何度も過ぎって、苛々が大きくなった。
 確かに私はあの男に比べたらブスかもしれない、だけど私だって化粧すればそれなりに……

 化粧室の洗面所でばしゃばしゃと水しぶきを立てながら手を洗い、ふと鏡を見てげんなりする。
 鏡に写った自分の顔がまさしくブスになっている。
 あの男の言う通り過ぎて余計に腹が立った。今度は自分に対してである。

 今日は午後の講義は取ってなかったので、早々に大学をあとにすると、私はフラッと街へ足を踏み出した。
 別に、あの男に言われたことを気にしてじゃない。
 たまにはそういうものに触れてもいいかなって思っただけだ。

 安さが売りのドラッグストアに入ると、私は化粧品コーナーに足を踏み入れた。
 少し前の自分も購入していたコスメ類。周りには気取ってデパコスしか使わないという子達もいるけど、私は生憎普通の大学生なのでプチプラしか使わない。それでもいろいろと購入すればすぐに1万円超えるのだから化粧品って怖い。

 前は、あの男の好みに合わせようとしていたけど、本当はカッコイイ系のメイクをしてみたかった。清楚に見せる甘いメイクではなく、クールな感じのメイク。自己主張激しくがっつりくっきり黒アイラインとか引いちゃったりして。アイシャドーはビビッドカラーで、口紅の色だってピンクだけでなく、ローズやベージュを使いこなしたい。

 悶々と考えて行くうちに、私は買い物カゴにぽいぽいと化粧品やスキンケア商品を放りこんでいた。
 元カレの痕跡をなくすために前使っていたものはすべて処分してしまった。あえて心機一転で新しく揃えるのも悪くない。

 バイト労働でシュッと引き締まった身体に合うように、服も一式新しく買おう。もちろん自分の好みで選ぶ。髪だってさっぱり切ってもらおう。

 久々にしたフルメイクでバイト先に出勤すると、いろんな人に「どちら様?」という反応をされたが、私だと知ると反応は上々だった。
 男性のお客さんにナンパという名のデートに誘われて、化粧や髪型を変えるだけでこんなにも反応が変わるのかとちょっと自嘲したくなった。




「なぁ、新しい男でもできたのか?」

 新しいスタイルで大学に出てくると、二度と顔を見たくないけど同じ大学なので顔を合わせる機会のある元カレに呼び止められた。

「だとしてもあんたには関係ない」
「そんなこというなって。俺を妬かせたいからそんなことしてんだろ?」

 そんなわけがないだろう。寝言は寝ていえ。
 馴れ馴れしい態度を取る元カレに苛々していたが、なるべく穏便にこの場から離れようと画策していると、相手が勝手にべらべらと話しはじめた。

「なぁ、俺達やり直さない?」
「……はぁ?」
「あれから彼女とぎくしゃくしちゃってさ。連絡途切れるとヒステリー起こすし、ブランド物のバッグ買えってせびって来るし、なんかちがうなって……お前はそんなことしてこなかったのにって今になってお前の良さに気づいたっていうか」

 この期に及んで何をぬかすか。
 私はあんたに弄ばれて、本命彼女にビンタされて、仲間に冷笑されて、浮気女の不名誉な称号を得たんだぞ!

「お断りだ!」

 元カレのみぞおちにグーをたたき付けた私は悪くない。
 悪いのはすべてこいつである。

「うがぁぁ……!」

 いいところに入った元カレは膝を折って地面に倒れ込んでいたけど、私は何もなかったかのように颯爽とその場を立ち去った。
 買ったばかりのお気に入りのヒールの靴が高らかに床を鳴らす。あぁいい音。大人カッコイイパンツスタイルに絶対に合うと思ったんだよねー。私はこういうカッコイイファッション大好きなんだって実感したわ。男のために個性を消してめかし込んでいたあの頃の私が愚かで情けないと感じるわ。


「……あの男に復縁でも迫られたか?」

 座っていいと言ってないのに隣に座ってきた相手にシカトでも決め込もうかと思ったけど、じりじりと隣からおもいっきり睨まれているのが居心地が悪かったので手短に相手して黙らせることを選択した。

「冗談でしょ。私はそこまで馬鹿な女じゃない」

 好きだという気持ちは風化して消えた。
 その歴史すら忌むべき思い出だ。思い出させないでほしい。
 ちらりと横目で相手を見ると、こちらの真意を確かめるかのように凝視して来るイケメン。
 そういう風に意味深に見られると周りに変な誤解されるからやめてほしいのだが。

「どうだか。あれだけ野暮ったかった女が昨日の今日で一体どういう風の吹き回しだ?」
「あんたにどうこう言われる筋合いはない。私は自分のためにお洒落してるのよ」
「俺に言われて悔しかったからじゃなくて?」

 睨まれてばかりだと負けてる気がしたのでギッと睨み返すと、相手が小さく怯んだ気配がした。

「私は男に振り回されて弄ばれるような愚かな女にはならない。恋愛なんか二度とするもんか」

 彼氏? 恋人? もうそんなもんいらない。
 愚かな女になり下がるくらいなら、一人で生きていけるように真面目に勉強してバリキャリの道を選ぶわ。

 私が宣言すると、イケメンは息をのんでなんか傷ついたような顔をしていた。

「いや、それは」
「ブスにはそれが精一杯です。なので私のやることに口を挟まないでください。いい加減にうざいです」

 荷物をまとめて席を立ち上がると、イケメンから離れた席へ移動した。
 あきらめ悪くついて来るかなと思ったけど、イケメンは先ほどの席でうなだれていた。両手で顔を覆って固まっている。

 なんなんだろう。
 人のこと散々ディスったかと思っていたら、情緒不安定な奴である。





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