お嬢様なんて柄じゃない | ナノ さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

終わらない悪夢



『アハハハハッ』

 狂ったあの男の笑い声が耳に染み付いて離れない。
 あいつは返り血に塗れながら何度もナイフを振り下ろして私をめった刺す。幾度も刺された背中だけでなく、喉の奥からも血が溢れかえる。
 痛くて熱くて苦しくて。なのに刺すのを止めないあの男。

『死ねっしねぇぇぇー!!』


 必死に目をそらそうとしても頭に焼き付いて離れない。心休まるはずの夢の中でもあいつは私を殺しにやってくる。

 
 私の悪夢はまだ終わっていないのだ。





「──っつ!!」

 ガバッと勢いよく飛び起きた私は辺りを見渡し、ここが二階堂エリカの部屋であり、今はまだ夜で自分はここで就寝していた事を思い出した。

 あいつはここに居ない。もう捕まったのだ。あいつが私を、エリカちゃんの身体を殺しにくることは無い。
 それは分かっていたのだが身体は震え、脂汗が額から流れ落ちていた。

「…うっ…」

 口元を抑えて嗚咽を噛みしめる。
 心を蝕む恐怖、憎しみ、悲しみがコントロールできずに私を苛む。
 苦しくて苦しくて胸をかきむしりたくなる。

 なにかにぶつけてしまいたい。
 苦しくて苦しくて仕方ないのにこの感情を昇華する方法が見当たらない。

 どうして私が、エリカちゃんがこんな思いをしなくてはならないの!
 どうしてたまたま居合わせた私達を狙ったの! なんで見ず知らずの人間を殺そうと思えるの!

 許せない赦せない! 
 なんであいつは未成年なんだ。
 なんで少年法なんてあるんだ。

 殺されたのは 松戸笑 わたし だけじゃない。
 あの時ナイフで首を斬られたおじさんも大事な血管のある箇所を深く切られたのが原因で亡くなった。
 私とおじさんが殺されるのを見たせいで、現場にいた皆が 心的外傷 トラウマ を大小あれど負ってしまった。


 あいつは…他人の生涯を自分勝手な衝動で終わらせたのに。

 あいつは何年かしたらまた野に放逐されるとでもいうのか!
 私が生きられなかった数十年をのうのうと生き続けるの!?


 事件から1ヶ月経ったが私にとっては昨日のことのように感じられ、私は前に進みたくとも進めないでいた。



 二階堂夫妻の厚意もあって私は心理カウンセリングを受けている。確かに専門家の手助けは必要だと思う。
 だけど結局は自分の力で乗り越えないといけないことだ。自分の心は自分のものだし、自分の苦しみは他人には100%理解できない。
 寄り添って貰えたとしてもそれで完璧に心の傷が癒えるのかと言えばそうでもないのだ。

 そもそもこの問題と私は一生、私が今度こそ生を終えて死ぬまで付き合わないといけない問題なのだろう。

 だけど、思うのだ。
 私が楽になる日が来るのだろうかと。




■□■


 ずっと家に居ても仕方がないし、マスコミの追い回しもようやく落ち着いてきたので、「そろそろ学校に通う?」と二階堂夫妻に尋ねられたんだけど、エリカちゃんではない私には彼女らしく振る舞えない。
 どうしたものかなと思っていたら、二階堂パパに「事件の影響で記憶が混濁していると学校に説明してもらおうか」と言われた。
 確かにその方が私も楽かもしれない。

 エリカちゃんがどんなお友達と過ごしているのかもわかんないし、彼女が通っていた学校がどんな場所かも知らないし。偏差値高いんだよね。エリカちゃんの学校。

 フツーよりもちょっと低めの学力レベルである公立のバレー強豪校に通っていた私は勉強というよりバレーしに学校に通っていたものだ。成績は並を維持してる程度であったし、バレーに青春を捧げていた私には、セレブ校のはなぶさ 学院とか雲の上の存在なんだけど。

 夫妻が家にいる間に学校の情報を聞いておこうと色々質問したんだけど…

 大まかにいえば、英学院は裕福な家庭の子息子女が通う中高大一貫教育校。
 学力だけでなく、部活動にも力を入れており、学校内の施設・設備はセレブ生の保護者による寄付金のお陰で立派なものを揃えているそうだ。教師や特別講師達も厳正な審査・試験を突破した優秀な人ばかりで、生徒にいい環境でいい教育を受けさせる事に大変力を入れている学校だそうだ。
 ちなみに偏差値が高い理由は成績優秀な特待生(学費免除その他優遇ありの奨学生)のお陰でもあるらしい。裕福なセレブの枠組みに入らない生徒は総じて一般生と呼ばれているそうな。

 ただ、セレブ生と一般生の間にはマリアナ海溝よりも深い溝があって、長い間いがみ合っているらしい。セレブ生側は選民思想の持ち主の集まる過激派だったり、一般生はそんなセレブを嫌い、実力でのし上がる叩き上げ集団。
 中にはどちらにも属さない中立派…もとい穏健派もいるらしいが、英学院は外見の華やかさとは違う殺伐としたバトル・ロワイアル校のようだ。

 勿論そんな学校なのでいじめはある。問題起こしても金でもみ消すセレブ生もいるらしい。
 そんでもって金持ちの旦那ゲットとばかりの花嫁修業女子はいるし、逆玉狙いの男子もいる。

 夢も希望もない学校だなというのが私の感想だ。そんなドロドロしてないで青春しようよ…
 やだなぁそんな学校。

 
 話を聞いていた私の表情が微妙なものになっていたのに気づいた二階堂パパは色々フォローしてきた。英学院は二階堂夫妻の母校でもあるらしく、必死に良い所を紹介してくる。

「それにねえっちゃん、最先端の設備で充実してるし、授業は個性豊かで面白いんだよ! それに部活動に力も入っているし…」

 部活動、という単語を聞いた私はパチパチと目を瞬かせた。そう言えば…英学院はいつもバレー大会予選の時、うちの高校と決勝戦で当たっていたような…

「…バレー部ってありましたよね?」
「勿論あるよ。えっちゃんはバレーが得意だったから、入部してみるのも良いかもしれないね」

 笑とエリカ。頭文字が同じ「え」なので二階堂夫妻は私を「えっちゃん」と呼ぶようになっていた。表立って笑とは呼べないし、エリカと呼ばれても反応できないからそう呼んでくれと私が頼んだのだ。

 そうだよ、バレーだ。英も結構バレー強いんだよ。バレーがあればなんとか頑張れるかも。

「そうですね、そうします。…あ、それとエリカちゃんの友達ってどんな子達ですか? それと彼氏とかいたんですか?」

 その辺は重要だ。上手くクリアしたいところなんだけど、その問いに夫妻はギクッとした顔をしていた。
 なんだ? と不審に思っていたら2人は言いにくそうに話し出す。

「実は…エリカの交友関係についてはよく知らないんだ…」
「私も夫も多忙であの子と話す時間がなくて…」
「…そうですか」

 あの場所で涙を零していたエリカちゃんが『誰にも必要とされていない』と言っていたのを思い出した。美少女でセレブでも、幸せというわけではなかったのかもしれない。
 私には弟がいたし、小さい頃は母も家に居たからそんな寂しいと思ったことはなかったけど…この様子じゃずっと昔からエリカちゃんに寂しい思いをさせていたんだろうな。

 他所の家のことなので私は何も言えずに沈黙した。
 …そうか。交友関係は何もわからないのか…もう転入生な気分で通うしか無いな。右も左もわかんないし。

 一人そう納得していると、二階堂パパが「あっ」と何かを思い出したように声を上げた。

「そうだ…えっちゃんには話しておかないといけないことがあるんだ」
「え?」
「実はね、エリカには婚約者がいたんだ」
「………婚約!?」

 高1でぇ!?

 私が目をカッと見開いて二階堂パパを見上げていると、彼は簡単に説明してきた。

「私の会社の取引先でね、先方に申し込まれて、エリカが5歳の時に結んだ婚約なんだが…相手の子のことをエリカはとても好いていたんだ。私達が側に居られなかった分、彼に執着していた部分があるんだ」
「ほう…」

 5歳。
 早い、早いよセレブの婚約。
 庶民感覚の私には理解できないです。

「だけど、先日先方から婚約破棄が言い渡された。婚約破棄の理由はわからないが…それでエリカはひどく傷ついたらしくて…その直後学校を抜け出してバスを乗り継ぎ…あのバス停にたどり着いたようだ」
「………」
 
 そうだったのか。そしたら…傷心小旅行のつもりだったのかな?
 同じ日に私達は失恋(エリカちゃんは婚約破棄だけど)したのか。なんて偶然。

「多分あちらからなにか言ってくることはないとは思うけど、一応名前を言っておくね。元婚約者の名前はー…」

 二階堂パパにエリカちゃんの元婚約者の名前を言われたが興味が無いのですぐに忘れてしまった。
 だって破棄したんならもう関係ないでしょ?
 私はそれよりも学校に馴染むこと、バレー部に入ることが重要なのよ。

「わかりました。とりあえず私は記憶喪失ということで復学して、バレー部で青春していいってことですね?」
「う、うん…まぁそうなるかな」
「えっちゃん、大丈夫?」

 二階堂ママが心配そうに私を伺ってくる。
 大丈夫かと言われたら…不安だけど、折角のチャンスを逃したくないのだ。

「引きこもってるの余計しんどいんで、行動あるのみですよ。ちゃんとカウンセリングも通います。…裁判だって頑張って参加しますよ」


 警察の事情聴取はこの1ヶ月の間に何度も繰り返された。それが最近終わって…犯人の取り調べや起訴までの段階は着々と進んでいるかと思う。
 少年事件なので大人とは流れが違うけど

警察(禁錮刑以上)

検察庁

家庭裁判所

逆送致で検察庁(起訴)

重大事件なので成人と同じ方法で裁かれる為、地方裁判所で刑事裁判

 有罪となれば少年刑務所に服役という形になる。
 今の日本の法律では殺人の刑は「死刑、若しくは5年以上の懲役」とはなっているが、精神鑑定とか少年法に阻まれて刑がゆるくなる可能性が十二分にある。

 私が次に関わるとすれば裁判所での公判になるのだが、刑事事件は検察官が原告として起訴する役割を果たす。なので私はエリカちゃんとして証人出廷という形で被害を訴えることしか出来ない。
 …きっと苦しい戦いが待っていて、私はトラウマに襲われるのであろう。

 本当ならわたし としてあの犯人を断罪してやりたいところだがそんな事出来るはずがない。
 犯人はちゃんと反省して罪を償って欲しい。…絶対に許せるはずはないが、未成年だから、精神鑑定がどうので逃げられるのは絶対に嫌だ。


 ちょっと重い話をしたけども、裁判はまだ先の話なので、私はとりあえず学校に馴染む努力をしないとなと私は気合を入れたのである。


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mokuji
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