お嬢様なんて柄じゃない | ナノ さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

やっぱり慣れない。バレーがないと私は発狂してる。



 スポーツって色々とルールがあるけれど、バレーも他とは違うルールがある。
 身体のどこを使って打ってもいいことや、ダブルタッチやネットタッチ禁止、ボールが床につかないように3回以内に相手コートに返すこととか。細かく言えばもっと色々決まり事はあるのだが、そう難しいことはない。
 ただ、ボールに慣れるまでは難しく感じるスポーツかもしれない。

 私がバレーボールを始めた理由は周りよりも高すぎる身長だったからいうこともあるが、祖母世代に有名だった日本のバレーチームの奮闘話を祖母の口から聞かされたことだろうか。祖母がまだ幼い小学生だった頃、彼女達は現れた。
 小柄で不利な日本の選手が一躍世界を圧倒させるチームプレイで有名になったのだ。世界は彼女たちを“東洋の魔女”と呼んでいたそうだ。
 私は祖母の口からの又聞きだったからその伝説を詳しくは知らないけど、昔話を語る祖母の口癖が「あたしと違ってあんたは背が高い。きっとバレーで活かせるよ」だったのだ。
 それをプラスに受け取った私は中学に入る前から地元のジュニアチームでバレーを習い始め、中学でもバレー部に入部。中体連でなかなかいい成績を残せた私はバレーの強豪校に推薦入学を決めたのだ。
 だから、私にとってバレーは全て。松戸笑の人生全てと言っても過言ではない。 


「まずはパスから慣れていこう。ふわっと返す感じで…足は肩幅くらい開いて、片足を前に。おでこの前で手を構えるんだけど親指が眉毛の上にかかるようにして」

 ある日の昼休み。
 まずはバレーボールチームの子達に見本を見せることに。ぴかりんと対面になってオーバーハンドパスをゆっくりする。

「両手は三角形を横に広げた形で小指は添えるだけで他の指を使って軽く」

 私は慣れてるから出来るけど、クラスメイト達は体育で習う程度だ。上手い下手いの差が大きいだろう。

「だけど始めは掴んで投げる練習をしよう。でも本番でやったら反則だから注意してね」

 二人一組になって貰って私とぴかりんで指導していく。なるべく出来るだけ優しく教えるようにはしてるよ。学校の体育ってさ、運動下手な人って一部の人にハブられたりするじゃん? ハブられるのが好きな人なんていないだろうけど、ああいうのは駄目だ。スポーツマンシップに則って皆で楽しくやんなきゃ!
 だから一気に詰め込むんじゃなくて、出来ることからね。

 皆の上達具合を見て、サーブレシーブ、スパイクレシーブ、そしてサーブ…初心者向けの下から打つ形のアンダーハンドサーブを教えていった。
 彼女たちも最初は嫌々、渋々でお世辞にも上手じゃなかったが、日を追うごとに上達していった。
 想定してなかったのは皆のその目にはやる気が満ちるようになったこと。

 上達には個人差はあるものの、皆が一通りこなせるようになった頃には、クラスの他の競技出場者達も練習を始めるようになった。それは他のクラス他の学年も同様。
 こんな時こそ、セレブ生と一般生は団結すればいいのに、他のチームの生徒達が余計に仲が悪くなっているように見えるのは私の目の錯覚なのかな。余計に空気がギスギスして見える。
 何故だ。

 私たちは更にチームメイトにスパイクを仕込んでいた。攻撃ボールを打てて損はないからね。クラスマッチではリベロもいないから攻撃の制限もないし。
 中でも上達の早いセレブ生の阿南さんはパッと見お嬢様らしいお淑やかな人だが、意外とスポ根だった。飲み込みもだが、食いつきも激しい。

「まだまだ! 次お願いします!」
「そ、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないかな? 阿南さん…皆帰ってるしさ…」
「いいえ、私はまだ出来ますわ…!」

 バレーを好きになってくれて嬉しい。
 だけどちょっとその変化の激しさに私は若干の恐怖を感じていた。
 どうしたの阿南さん、キャラ崩壊してない?

 他の子達も上手くボールを返せたら嬉しそうだし、大分バレーに親しんでくれてるんだけど、阿南さんはその比じゃない。
 そろそろ帰ろうと促してもボールを求めてくる。私、お家帰りたい。
 ……負けず嫌いなのかな?



■□■


「きゃあ!」

 とある日の昼休み。廊下を通りすがりにそんな悲鳴が聞こえてきた。
 揉め事にはあまり巻き込まれたくはないなと思いつつ、私はその悲鳴の主を探していたのだが……声の主はすぐそばにいた。現場は女子トイレ(広い・綺麗・住めそう)の中だった。
 そこでは一人の少女を囲むように、複数の女子生徒が仁王立ちしていた。

「あなたねっ、何処まで厚顔無恥なの!? 宝生様を射止めたかと思えば次は 速水 はやみ 様に 賀上 かがみ 様まで! 恥じらいもなく殿方を侍らして……女王蜂気取りなの!? 女性としての慎み深さをお忘れ!?」
「いいこと? あなたにはあの方々に釣り合うような教養も知性もないのよ。身の程を知りなさい!」
「どうしてこんな子にっ」
鞠絵 まりえ さん…大丈夫、速水様の婚約者はあなたなのですから。こんな女を構うのだって…一時の気の迷いに決まってます」

 宝生氏の名前が出てきてちょっとびっくりしたが、他にも知らない名前が出てきたな。この状況で判断すると、どうやらあの泣いている子の婚約者をあの女の子が奪ったのかな。

「わ、わたしぃ、そんなつもりじゃ…」
「じゃあどういうつもりなのよ! 聞くところによれば一般生の殿方にも粉かけてるそうじゃないの」
「外部生のわたしを皆は心配してくれてるだけなの…」
「外部生!? そんな生徒、ゴマンといます! …あなたのやっていることは人のものを奪うことと同じことなのよ!? 泥棒っていうのよ! 恥ずかしいと、浅ましいと思わないの!?」
「…わたし、泥棒じゃないもん…皆、わたしと一緒にいるほうが楽しいって言ってくれるもの」

 ヤバそうかなと思ったけど、あの子全然堪えて無さそうだ。むしろ彼女たちを煽っているように見えるのは私だけだろうか。
 …そうか、あの子が宝生氏ご執心の夢子ちゃんか。AOKのまゆりん似の美少女……人の影に隠れてて顔が見えないな。

 …うーん。ここで私が出ても余計に話がこじれそうだし、見て見ぬ振りして……その辺で先生でも見つけて報告しておこうかな。
 トイレから離れたら、丁度いいところで女の先生を見つけたので匿名希望で報告しておいた。
 別に夢子ちゃんを庇うつもり無いけど、なんとなくね。



 その日の放課後、私は同じ女子バレーボールチームの阿南さんと体育用具倉庫にボールを取りに行っていた。体育用具倉庫の土埃の匂いは学校が違っても何処も変わらないな。ただここは規模が大きくて用具がピッカピカで立派だけど。
 空気がしっかり入っているバレーボールを手に取り、阿南さんと分担して持っていこうとしたのだけど、私は出入り口の扉を見て目を丸くした。

「あれ、ここって内鍵も付いてるんだね。珍しい…」
「…以前は外鍵のみでしたけど…ここに生徒を閉じ込める事件があったので、内鍵がついたのですよ」
「…それって」

 阿南さんの話に私は眉をしかめた。
 閉じ込める事件……それってそういうことだよね。

 私が英に来て、いじめらしいいじめを目撃したのは…部活のマネージャーの件、それに昼休みの夢子ちゃん糾弾だろうか。たまたま私が見ていないだけで、陰ではいじめというものがアチコチで起きているのだろう。

 ……私もいじめに似た経験はある。
 女子の、それも強豪の運動系部活というのは嫉妬の世界だからね。…分かっていても悪意に晒されるのは辛いよ。
 たとえ非がなかったとしても、悪意を向け続けられると自分に非があるんじゃないかって萎縮してしまう。人に嫌われるのは誰だって怖いでしょう?
 努力で手に入れたものを「監督や先輩に媚び売ってるからレギュラーになれたんでしょ」と言われた時は怒りよりも先に悲しくなったものだ。
 悪意を持った人に、周りにバレないようにわざと怪我をさせるような行動を取られたこともあるけど、そんなんでレギュラーになれて彼女は嬉しいのだろうか…彼女は、誠心のバレー部でどうしているんだろう。

 …そう言えば宝生氏も気になることを言っていた気がする。 
 エリカちゃんが消極的な大人しめの子だっていうのは人々の話から伺うことは出来た。そして親しい友達がいなかったってことも。
 ……そんな子が単独で夢子ちゃんに暴言を吐いたり危害を加えられるだろうか? エリカちゃんに二面性があって裏の顔が凶暴だってことならわからんでもないけど、人の話を聞いた感じ、それはないと思うな。
 
「あら、加納様ですわ」
「…あー…いるねぇ…あの人って有名なの?」

 考え事をする私に阿南さんが話しかけてくる。彼女の視線の先にあの小憎たらしい男の姿があった。
 加納慎悟は有名人なのだろうか。それを阿南さんに聞いたら驚いた顔をされた。
 どうしたの阿南さん。口が開いたままだよ。

「…血の繋がりはないとはいえ、縁戚の方ではないですか……」
「そうなんだ」
「それに学年トップクラスであの美貌ですよ? 我が校の女生徒たちの憧れの的ですのに……ですが二階堂様は加納様とあまり仲がよろしくありませんでしたものね」

 まぁ、あれだけボロクソに貶されるんだから絶対に仲は良くはないとは思っていたけどね。阿南さんが教えてくれたけど、エリカちゃんの従兄と加納慎悟の従姉が結婚したから縁戚になったんだってよ。
 向こうの種目はソフトボールらしい。…なんだけど練習せずに女子達と乳繰り合っているように見える。奴が乳繰り合っていたのはあの三人組だ。えっと巻き毛とロリ巨乳と能面ね。いいご身分だな加納慎悟。
 …あいつこういう体育会系には本気出さなそう。というかセレブ生全体で、運動には消極的という…私の独善的な偏見がある。
 ……あ、奴と目が合っちゃった。
  
 加納慎悟と思いっきり目が合ってしまったけど、絡まれるのは面倒くさいので彼らのいる場所から大きく円を描くように避けて通過した。
 平和に過ごしたいから関わらないのが身の為だよね。

「……おいエリカ。何してるんだよお前」

 しかしそんな私を見逃さなかった加納慎悟は声を掛けてきた。私は胡乱な顔をして振り返る。振り返ったその先には呆れた顔をした加納慎悟と、こちらを威嚇してくる加納ガールズの姿。

「…あ、話しかけないでくれる? そこのお嬢さん方に『ファビュラスな慎悟様に近づかないで!』って牽制されたんだよね。私、そういう面倒くさいのゴメンなの」
「はぁ? ファビュラス?」
「阿南さん行こ?」

 私は今現在ぴかりんとスパイクの練習中なのだ。加納慎悟と関わっているよりも練習をしている方がよほど有意義なのである。

「なんて失礼な方なのかしら!」
「慎悟様、こんな女放っておきましょ?」
「そうよ慎悟様がお声をかける必要ありませんわ」

 避けてやったのにひどい言われようだ。
 …ほっとこ。

 この学校に行くようになってから…夏休み入れて3・4ヶ月くらいだけど……やっぱりなんかセレブ生のこういうとこ慣れないなぁ。
 部活の時はだいたい部員が一般生・セレブ生でも感覚が庶民寄りの穏健派だったりするからギャップはそこまで感じなかったけど、この独特な雰囲気、やっぱり馴染めないわ。

 あれだ。よくネットニュースに出てくる、婚活でガツガツ条件のいい男へ群がるハイエナ女子って感じ。金の匂いがプンプンすんだよ……女子高生なのになんだかなぁ。もっと甘酸っぱい青春しようぜ。
 あと、あれ。お金があるのは親や先祖が頑張ったからこそ偉いのに、あたかも自分が偉いみたいな態度を取る人がいるのが気に障るなぁ。
 中にはまともなセレブ生も沢山いるけど、そういう傲慢な人が悪目立ちしてて一般生の 顰蹙 ひんしゅく を買ってる感じ。一般生の正義感の強い人が反発して、それに関わっていない良識のあるセレブ生も対立に巻き込まれ、更にマリアナ海溝が…溝が深まっていくのだ…
 
 私はエリカちゃんをよく知らないけど、こういう学校だったから馴染めなかった。
 だから将来の夫になる婚約者に縋ってたんじゃないかなと思う今日この頃である。


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mokuji
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