こんな危険な生き物見逃すわけにはいかない。そんな思いで飼い始めた獣は今満月に当てられ血を欲し、俺の首筋を何度も舐めあげている。
はぁはぁと熱い吐息がなんともくすぐったい。まるで犬のようだな、内心笑った。

「十神、く…ん……う、は」
「欲しいか」
「っひ、う、うん…」

こくこくと涙ながらに訴えかけてくる辺り本当に苦しいのだろう。仕方ないな、噛みやすいように首を傾けどうぞと言わんばかりにすれば苗木の赤い目が煌きを放つ。

「ッ、十神く、は、むう…!」
「…、」

差し出された餌に苗木は我慢も出来ずすぐに食らいつく。最初ははむりとした柔らかな唇の感触。次に皮膚を突き破る鋭い歯の痛みが脳に伝わり思わず吐息を零した。
ちゅうちゅうと血を吸い上げ離さまいと背中に回されている苗木の手は高い熱を帯びている。
血に飢えていたせいか、久々の血の濃厚な香りにこいつは酔ってしまったようだ。舌先で傷口を抉り更なる餌を欲している。

「苗木」
「っふ、むあ、十神、く…」
「俺の味は好きか」
「す、き…!む、ん…」
「そうか」

餌として自分は優秀らしい。喜ぶべきなのかなんなのか。ふうと浅くため息をつきもっともっとと強請ってきて体重を段々にこっちに傾けてくる苗木の腰を支えるように掴んだ。
細い腰。吸血鬼という崇拝な存在でありながらその体はなんとも弱々しい。かつてこいつに吸血され殺されたマヌケな人間がいると聞いたがこの体を見る限り信じられない。
性格も基本穏やかである苗木だし本当に人の血を最後まで飲み干し命を奪ったことがあるのだろうか。
体の中の血液が外に出て行く感覚に頭がぼうとしてつい考え込めば、窓の外の赤いまんまるい月が目に入る。
まるでこいつの目のようだ。血に飢え餌を欲する時のこいつの目と、まったく同じ美しさ。

「はぁ、ごめ、ごめんね、十神くッ…」
「何故謝る。お前はただ胃を満たしているだけだろう」
「っふ、え、ごめ、ほんとごめ…ッ」

ぼろぼろと大粒の涙を零しながら血を飲む苗木。それは異様な光景であった。
ごめんと謝罪の言葉を口にしながら餌を喰らうという行為は消して止めない貪ち続けている。
口と食欲、別個体の存在のようにひたすら血を啜りながら謝る苗木は、何故だかとても儚げでこの一時が終わったら消えてしまうのかと思ってしまう程。
赤い瞳から落ちる宝石というのはどうしてこんなにも美しいものなのか。ぞわぞわと背筋から体中に巡ってくる快感とも似た何かに唇を噛み締め、苗木の柔らかな頭にそっと手を伸ばした。

「…成程な」
「ひっ、く、んむ、あ、ごめ、なさッ…」
「どうしてお前なんかに殺されるマヌケな奴がいたのか、分からなかったが今なんとなく理解した」
「は、ごめ、ん、っひ、むぐ、ん…」

お前のこの世のものではない美しさ。心と体が重なり合うことがない危うさ。麻薬のような一度味わってしまえば抜け出せぬ感覚。
全てがこいつには揃っており、結果俺も気付かぬ内に魅入られていたようであった。ふつりと顔を出し始めたこの感情は、恐らく恋とも愛とも程遠い、もっと自分勝手な欲望。
性欲に限りなく近い自己中心的な思いに俺は今更ながらに気付いてしまい、やられたといわんばかりに壁にもたれかかった。

「…醜い人ならではの感情だな」

あぁ、今すぐこいつの首に合う首輪を調達しなくては。頑丈な鎖とこいつ専用の窓のない部屋も必要だろう。
夢か現かも分からぬ状況下で、俺はこの気だるげな程甘い空間の空気を吸い込み一人呟く。どちらが捕食者なのだろうな。その呟きは誰かに届く前にひっそりと闇の中へと沈んでいった。



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