メモ
2012/11/02 00:26


僕が自ら命を絶とうとする時は、希望のための踏み台となるべく奮闘した場合か、はたまた世界を失った場合だと考える。
命というものが重いということも知っているし無駄なことにこの命を使う気も毛頭ない。
ただ僕は自分にとって有益だと判断した場合のみこの命を投げうつという選択肢を取るのだ。
よく勘違いされがちなのが、僕が命を無価値と認識しており小さなキッカケでこの命を散らすのではないか、ということ。
まったくもって甚だしい勘違いである。僕も常識ある一人の人間だと理解いて欲しいところだ。
冗談で「死にたいなあ」なんて言った日には日向くんから青い顔で「落ち着け!」と言われたことはまだ記憶に新しい。
僕がそう簡単に死ぬと思ったのか。ゲーム内での自殺のことで皆過敏になっているが、あれは真の希望を見極めるためのものだったのだ。
結果として僕の賭けは失敗してしまったわけだがこうして再び目覚めることが出来たのだからそれは儲けもんということにしておこう。


あともう一つ更に言うのならば、僕は絶対的な希望をもう見つけたので死ぬ理由が一つ削除される。
この希望を見ずして命を絶とうという気はもううっすらとしか残っておらず、今は間近でその存在に触れ合えることを嬉々としている。
これからどんな未来が待っているのかそれを考えるだけで楽しみでしょうがないし、きっと彼についていけば僕はより愉快なものと巡り会える気がするのだ。
つまらなかった世界に色が指す瞬間というのはどうしてこんなにも歓喜に震えてしまうのか、ぞくりと這うあれは快感にも似ていると思う。
だが決定的に違うものはそれが純粋な感情だということ。未来をただ見据えるものに仄暗い感情はなく、僕としてもこれは非常に珍しいケースだと自負している。






「つまり、どういうことかな」




ここまで一気に話したが、目の前にいる苗木くんにはあまり理解頂けなかったようだ。
僕の話が聞きたいと言ったので長々と夢中になってしまったが、あぁ僕は相変わらず話はうまい方ではないな。
自分で自覚してはいたが改めてそう思い、僕は椅子に腰掛けたまま持っていた本の表紙をとんとんと軽く叩いた。

「僕がこれから死を望む場合、それは一つの理由でしかありえない、っていう話だよ」

分かりにくい話だろうか。苦笑を浮かべ苗木くんに言えば彼は分からないといった風に眉間にしわを寄せる。

「狛枝くんはある理由以外では死を望まないってこと?」
「そう。だから僕は君が思っている以上に命は大切にするよ」

だから安心して?笑いかければ苗木くんはそれでも疑いの眼のまま。僕の心の中を探るかのような目つきで眺めた後それはすぐ心配の色へと変わる。
苗木くんは本当に優しい人だ。僕という存在にも生を与え死を取り除こうとする素敵な人。
暖かな体温で絶望ごと包んでくれるその微笑みは聖母ともいえるだろう。こんなこと言ったら全力で本人に否定されるだろうが。

「…でも、そのたった一つの理由ってなに?」

その理由さえ出来てしまえば狛枝くんは命を投げ出してしまうわけでしょ。苗木くんは寂しそうな顔をして言った。
否定は出来ぬ言葉に僕は苦笑を浮かべ頷いた。確かにその理由さえ出来てしまえば直ぐにでもこの身を投げるであろう。

「さあ。でも、その理由は僕が生きる理由でもあるんだ」

言葉遊びのようになってしまうが、僕が死ぬ理由と生きる理由というのはまったくもって同じものなのだ。
それが存在するから人生に喜びを感じ生きようと思うし逆にそれがなければこんな世界に未練などなくおさらばできる。
苗木くんは訝しげな顔をしながらそれがなんなのか考えているが中々思い付かないようで頭を悩ませていた。あぁ、そんな姿も可愛いなぁ。
ほのぼのした気持ちになりながら彼の様子を眺めていればふいに目が合う。考え込んでいた顔が「教えてくれてもいいじゃないか」という不満色を孕んでいるのを見て思わず苦笑。

「あれ、分からない?」
「いや、狛枝くんのことだからきっと希望に関したことだよね」
「そうだよ」
「そこまでは分かるんだけどなー」

ううん、と後頭部をぽりぽりとかき笑みを浮かべる苗木くんに、僕も笑みを浮かべた。

「さあ、なんだろうねー」
「ひどいな、教えてくれないの?」
「ふふ、恥ずかしいから秘密にしておくよ」

別に分からなくたっていい。分からなくても僕はその理由に浸ったまま生き続けるのだから。
適当に言い訳をして言えば苗木くんはええーと残念そうにして、しかしそれ以上は何も追求せず背もたれに体重をかけゆっくりと息を吐いていく。

「秘密なら仕方ないね」
「あれ、いいの?」
「だって秘密なんでしょ?」

秘密を暴く気はないよ。随分大人ぶった表情で言う苗木くんに今度は僕が少し残念な気持ちになりながら背もたれに体重をかけゆっくりと息を吐いていった。
冬の白い吐息が宙に消えていくのを眺め僕はそっと苗木くんの肩に寄り添う。暖かな温度がじわりと滲む。

「あのね、その理由っていうのは」
「教えてくれるの?」
「秘密にするってことは暴いて欲しいってことなんだよ苗木くん」
「あはは、そうだったの」

ごろんごろん。まるで猫みたいに擦り寄れば苗木くんはおかしそうに笑い目を細めた。
きっと僕のこと可愛いとか思ってるんだろうなあ。飼い猫を見るかのように見ているし、そんな甘い顔しちゃって。
その気になればいつだってその首筋に噛み付ける距離にあるというのにそんな顔されては無性に悪戯がしたくなってきてしまうじゃないか。
常に飼い猫は飼い主のスキを伺っているものなんだからもっと気をつけてもらいたいものだ。
猫は頭がよくてずる賢くて、こうして甘えたフリをして引っ掻いたり噛み付いたりするんだよ。
僕もそんな猫よろしくの動作で彼の頬をするりとなで上げそっと耳朶に口を寄せた。そろそろ理由を言ってあげよう、そしてその耳朶を舐めて溶かして噛んでやるんだ。小さな決意と共に熱い吐息を吐き出した。あのね苗木くん、僕の世界の主成分はほとんどキミで出来てるんだよ、てね。






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