「お前、スゲー日焼けしてるよなぁ!」

女性に対してその指摘は、時に暴言になり得ることを彼は知らないのだろうか。
初対面で、多くの生徒が行き交う玄関ホールで、本人が今一番気にしていることを、大声で。
そんなことを言われたとき、その整った顔に平手を張って全速力で女子寮へ駆け戻ってしまっても誰にも咎められたくない。
ヨハン・アンデルセンの第一印象は、とても良いものとは言えなかった。



「はあー……」

購買の横にあるイートインスペースの隅で一人、テーブルに突っ伏していた。
先ほど引いたドローパンも無難なもので特に美味しくもなく、悶々とした気をまぎらわすことは出来なかった。耐えきれず両足をバタつかせて発散しようと試みても、数日前のことが頭から離れずにいた。
落ち着いてみると、彼の言葉より咄嗟に手が出てしまった自分自身に一番驚いた。 友人達にも「見てたわよ」とか「留学生相手にやったわねぇ」と散々笑われ、後ろめたい気持ちが芽生え始めた。
でも人前で言うのはどうなの? 私だって好き好んで焼いたわけじゃないのに。
周りの子はみんな真っ白のままで、夏季休暇中にこんがりと日焼けをしたのは私だけ。ただそれだけで、こんなにもオベリスクブルーの女子制服が似合わなくなるなんて思わなかった。
意地をはって制服を着ないわけにもいかず、耐え忍んで登校した新学期早々にあんなことを言われるなんて。
謝りたいのか、腹が立っているのか。整理がつかず思い惑っていると、不意に肩を叩かれた。振り返って、その緑の瞳にくらくらと眩暈がした。
何なの、このめぐり合わせ。目の前にヨハン・アンデルセンがいる。

「名前、だよな?」

恐々とひかえめに首を縦に振ると、少し強張った彼の表情が心なしか和らいだ。

「今までずーっと探し回ってて、やっと見つけたぜ」
「えっ」

『今までずっと』とは今日に限ったことなのか、それともあの日から?
そういえば。彼は方向音痴だとかいう話じゃなかったか。始業式に遅れて駆け込んできたのは、今も記憶にある。
それに彼の安堵した表情から察するに、どうも後者な気がしてならない。

「この前のことなんだけどさ……」

その話が来ると分かっていても、どういう態度を取ればいいのかが分からない。たじろぐ私をよそに彼は続けた。

「俺、からかうつもりじゃなかったんだ。ここのやつって夏明けなのにみんな揃って人形みたいに肌白いだろ? 頑張って日焼け対策とかしてるんだろうけど、あんまり夏楽しんでないんだなって思った。けど、名前を見かけてさ、なんか無性に嬉しくなって考えなしに声かけたんだ。……ホントごめん!」

そう一息にまくし立てて頭を下げるその気迫に押され、言葉に詰まる。ただ日焼けをしたぐらいでうじうじしていた自分がとても子供じみて感じた。
こんな純粋な人に平手打ちを食らわせたなんて。恥ずかしくて顔が上げられない。

「……本当は私が謝らなきゃいけないの。だから、気に病む必要ないよ」
「名前はショックだったんだよな? だったら俺にだって責任あるぜ」
「でもいきなり叩いたし、」
「あれは、『自業自得、デリカシーがない』って言われたんだよなぁ」

へへっ照れくさそうに表情をゆるめるヨハン君に、するすると気持ちが和らいでいく。
誰がヨハン君にそう言ったのかは分からないけど、きっとすごく身近な人なんだろう。なんとなくそんな印象を受けた。
私は本当にばかだ。ツン、と鈍くなった鼻を軽くすすって勢いよく立ち上がった。

「ごめんなさい!」

のどが詰まって声が上擦る。購買中に響きそうなほどの大音声に、ヨハン君はぱちぱちと何度か目をしばたかせると、堪え切れずといった感じにふき出した。

「よ、ヨハン君?」
「……悪い、威勢がいいっていうか告白断られたみたいだと思ってさ」
「なっなんでそうなるの!? それは違うでしょ!」
「いやぁー名前って面白いよな!」

その言葉、そのままお返ししてやりたい。

「なあ、なんで日焼けしたんだ?」
「これは、夏季休暇の最後に地元の友達と海へ行って、油断したらこうなったの」
「海かー。いいよな、海! 確かこの学校ってビーチあるよな?」
「えっ? うん、女子寮の方にあるけど……」
「じゃあ行こうぜ!」
「いいい今から!? というか私も!?」
「だって俺、方向音痴だからさー」

なに、なんなの? 彼の行動がまったく読めない。もうすぐ午後の授業が始まるし、それに。

「これ以上焼けたくないです……!」
「そんなの気にすんなよ。健康的だと思うし、俺は好きだぜ!」

不覚にも、ときめきだなんて乙女みたいなことを感じたりして。
いつの間にか握られた右手とともに、ぐいぐいと体が引かれていく。校舎内は空調が効いているはずなのにとても顔が熱い。右手も熱い。
購買を出て、教室も遠のいていって……このまま海へ出たらやっぱり焼けるんだろうな。
そもそも水着もないのに海で何をするんだろう。
ちらりと少し前を行く彼の顔を探っても、なんだかとても楽しそう。

「ヨハン君、そっちじゃないよ」

海と逆方向へ曲がろうとする彼を止めて、今度は私がその手を引いた。



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