このデュエルアカデミアでは授業以外でデュエルを行う場合、自分と対戦希望相手の名前を記入したデュエル許可願いを提出しなければならない。
カードについて学ぶ場所なのに自由にデュエル出来ないなんておかしいけど、規則なんだから仕方ない。
一方で、その面倒な許可願いも女子生徒の間では別の意味を兼ねていた。
『自分と好きな人の名前を書いて半年間持っていると両想いになれる』
よくある両想いのおまじないネタだ。
大体、閉鎖された孤島のアカデミアで半年間も相手を想っていれば、いくらか接点も生まれるだろう。それに男子生徒に比べ女子生徒数は圧倒的に少なく、思春期という甘酸っぱい補正で成就率は跳ね上がる。
つまり何が言いたいのかというと、物事はなるように進んでいくし、たとえ友達に付き合わされて渋々書いてしまったとしても、行動を起こさなければ全く効力を発揮しないってことだ。
そんなおまじないのことも、教室についた途端、件の友達に「今日で半年だね」とその許可願いを見せつけられてようやく思い出せたほどだった。

「すっかり忘れてた」
「もう名前ったら。一応、今も持ってるんでしょ?」
「たしかペンケースの中に……」

促されてペンケースを取り出せば、「おはよう!」と友達の元気な声が響いた。
その声が向かった先を見ると、彼女の許可願いに名前が書き込まれていた男子生徒が立っていた。二人はこの数ヵ月で徐々に顔を合わせる回数が増えた。
軽く会話を交わし、下段の席へ向かう彼の背中を見つめながら「今日、告白しようと思うの」と薄く頬を染める友達が心底可愛らしく思えた。
今の会話の調子、ちらりと気遣わしげにこちらを振り向く彼の様子を見るに、あまり心配はいらない気がする。
ほら、やっぱり自分から動かないとダメなんじゃない。夜にじっくり話を聞くとして、ペンケースの中を探り始めた。


「……名前、いくらなんでもこれはひどいと思う」
「だって……ずっとペンケースに入っていたんだし、仕方ないよ」

半年ぶりに日の目を見たデュエル許可願いはボロボロだった。
小さく折り畳まれたその表面はシャーペンの芯やボールペンの先で黒く汚れ、記憶にないけどマーカーペンの試し書きもされている。気休めに消しゴムをかけると折り目が少し裂けた。

「まあ、大事なのは内容よね……。それで名前の相手は誰なの?」
「あれ、知らなかった?」
「自分のことで精一杯だったから……」
「彼大好きだもんね」
「茶化さないで」

軽くからかったつもりがすごく睨まれた。
仕方ないのでくしゃくしゃのデュエル許可願いを丁寧に広げて彼女に手渡す。

「あら、これって、」
「僕の名前だね」

唐突な第三者の声に振り返ると、後ろの席にさわやかな笑顔があった。
いつから? どこから聞いていたんだろう。デュエル許可願いを広げたまま振り返ってしまった友達からそれを掠め取って、勝手に目を通している。

「ほら、天上院吹雪。僕の名前だ」
「えー……うん、そうだけど」
「君が僕の名前を書いてくれていたなんて、光栄だな」

笑顔を絶やさない天上院になんと言えばいいんだろうか。明らかにあのおまじないの意味合いで取られてる。

「とりあえず返してくれない?」
「ああ、名前は字も綺麗なんだね」

受け取ったデュエル許可願いが、ついに私の手の中で潰れた。

「天上院……今なんて呼んだ?」
「名前。君の名前だろう?」
「ちがう。間違ってる」
「そんな、この僕が女の子の名前を呼び間違えてしまうなんて」
「そうじゃなくて、昨日まで名字で呼んでたじゃない!」

声を張り上げた勢いで立ち上がる。
昨日は会わなかったから本当は一昨日までの話だけど、そんなことはどうでもいい。やっとアイドルスマイルが消えた天上院も今は目をぱちくりさせていた。

「あなたに名前で呼ばれる覚えはない」
「ええっ、でもほら、それに僕の名前が」
「付き合いで仕方なく書いたものだし、大体これはデュエル許可願いでしょ」

私の答えに顔を曇らせる天上院。
そう、これはただのデュエル許可願い。どこかに落としてしまったり、今のように本人にバレてしまっても「デュエルがしたかった」と誤魔化せられるのだ。このおまじないを考え出した人は妙な方向に頭が切れる。

「デュエル……そうか、それが君の愛の表現法なんだね。ならば、このブリザードプリンスがお相手しよう」
「天上院、ちゃんと話聞いてた?」
「聞いてるさ。デュエルを通じて互いの気持ちを確認すればいいんだからね」
「……互いの気持ちってなに」
「僕が名前を想い、名前が僕を想う。美しい感情のことだよ」
「あのさ、天上院って私のことそういう意味で想ってるの?」
「もちろん。ああ、でもおまじないの効果じゃないよ。そのずっと前から君のことを気にかけていたんだ」

そこで黄色い声をあげたのは今まで動向を見守っていた友達だ。気づけば周りの生徒もちらちらとこちらを見ている。
なに、もしかして聞かれていたの? 全部? この教室、盗み聞きが横行してる。
さあ行こうか! と立ち上がった天上院の視点は高くなり、今度は私がそのまばゆい笑顔を見上げなければならなくなった。目が合うと綺麗なウインクを決めたこの男に拳を叩き込めたら、どれほどすっきりするだろう。いいや、暴力は良くない。
手に持ったままだったデュエル許可願いを机に放り投げる。これはもう用済みだ。

「私の今後のためにも、その軽口が本心かどうかはっきりさせる必要がありそう」
「うん、それでこそ僕の名前だね」

訂正するのも億劫なので、黙って教室のドアへ向かって行くことにした。
今日の授業はサボることになりそうだ。



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