背を預けた椅子がぎしりと軋む。何度、この押し問答を繰り返せば気が済むのだろう。
そのまま椅子に沿ってずるずると机の下へ潜り込んでしまいたい思いをなんとか抑え込む。手の中のペンを二、三度回し、決心して視線を上げると吹雪は輝かしい笑顔のまま立っていた。

「おや、溜め息を吐くと幸せが逃げてしまうよ。しかもこの僕を目の前になんて心外だなぁ」
「だったら、貴重な幸せを逃さないために諦めてください」
「うーん……とても心苦しいけど、その希望には答えられないよ」

苦渋の選択とでも言いたげに物憂げな表情をしているが、結局は自分の考えを変えないんじゃないか。頑固モノめ。
恐らくそう返されると分かっていただけに、二度目の幸せはたっぷり逃げていく。

「ほらまた。……そうだ! より一層の幸せのためと考えてみてはどうかな?」
「お断りします」

これ以上ないほどの名案だ! と舞い上がる吹雪をバッサリ切り捨て中断していた作業に戻る。
卒業デュエルも終わり、あとは卒業式を残すだけの彼と違い、アカデミアに残る私は忙しいのだ。今も移動する間も惜しんで授業後の教室に残っているのに先ほどから邪魔ばかり。今日の授業内容をまとめて、クロノス先生からお借りしていた資料を返して……あら、ここにあった資料はどこに?
はらはらしながら机に積まれたテキストをいくつか引っくり返して、気付いた。

「悪い冗談はやめて」
「かわいいイタズラじゃないか」

でも怒った名前はあまり見たくないな怖いから。と差し出された資料をとり返す。
内容を確認するとやはり探していたそれで、普段の彼ならしないような幼稚な悪ふざけに強い眼差しを向ける。

「大丈夫、読んじゃいないよ。興味ないしね」
「そうじゃなくて……はあ、もういいです」
「つれないなぁ。僕はただ名前と居たいだけなのに」
「もうすぐ貴方はここを卒業していくでしょう」

そう言うと、彼は待ってましたとばかりにキラリと瞳を輝かせて、細いわりに大きなその手で私の手を包む。

「だからさ、名前。ボクと一緒に来てはくれないかい?」

このごろ盛んに聞いている誘い文句なのに、悔しくも私の心臓は一向に慣れてくれない。
どきどきと脈打つ胸の響きを察されないようにまっすぐな視線から目を逸らす。

「……せっかく努力してアカデミアに入ったんだから辞められません」
「それは分かるよ。でも卒業後、この島から離れて君と会えなくなるのは辛いんだ」
「だからって、別にTV電話でも顔は見られるじゃないですか」
「それだとこうして名前に触れられないだろう?」
「私の身体が目当てだったの」
「まったく君は、ああ言えばこう言うね」

やれやれと困った顔をして笑ってみせるが、そんな顔をされてもそうやすやすと揺るがない。
猛勉強に勉強を重ねて死にもの狂いで掴み取ったアカデミアへの切符。手に入れてまだ二年と経たないそれを捨てろとこの人は言っているのだ。
私だって、毎日のように顔を合わせている彼と離れるのは正直さみしい。
でも、そんなことを口にしようものなら「さあ今すぐ校長先生に願い出よう!」と一人で突っ走って暴走するのが目に見えていた。
こんな分からず屋で強情なことは言わないのに、いつもの吹雪らしくない。

「僕達の関係が始まったとき、君が言ったことを覚えているかい?」
「……このことは秘密に」
「そう。だから人前で手を繋ぐことなんてしなかったし、キスも隠れるようにして恋人らしい時間はほとんどなかった。だけど、僕だって男なんだよ。名前と堂々と陽の下を歩きたいんだ」

ぎゅっ、と握られた手に力が伝わる。
ただでさえ人目を引く吹雪と付き合っているなんて周りに知れたら……それが怖かった。
それは吹雪も理解していてくれていたと思っていたのに、卒業のタイミングでこんなことを言い出すなんて。

「吹雪、あの」

ふいに顔の前が影って、言葉の続きは吹雪の唇に吸い込まれた。ちゅぅ、と柔らかに吸われる感覚が脳を痺れさせて、彼の肩を押し返すまで時間が掛かった。

「ふ、ぶき……!」

締め付けられるような胸の疼きが喉を震わせる。熱を持つ下唇をきつく噛んだ。
控えめに頬へ触れる吹雪の手。その親指が唇に触れ、咎めるように噛み締めた下唇を剥くと、その形を指でなぞっていく。

「もう待てないんだ、名前先生」


年の差なんて、なければよかった



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