アイドル・天上院吹雪はトイレに行かない。彼はそういう夢であふれている。
だから、女子生徒の部屋に忍び込んだとしても、男女間のあれこれなんて話には転ばない。
吹雪くんを部屋にお招きするなんてうらやましい。でも本来は規則で許されないことなのよ、気をつけてね。とソフトに注意されるだけだ。ひいきである。
トイレに行かない割に、TVを見ながらばりぼりとつまんでいるそのお菓子の質量はどこに消えるのだろう。同じような夢を背負っていた女性アイドルは、お菓子になって出てくるって答えてたっけ。お菓子からお菓子、ループっておそろしい。

「名前も食べたいなら言えばいいのに、ほら」

視線の意味を勘違いした吹雪が、どうぞとお菓子の袋を差し出してきた。
とてつもなくバカっぽいことを考えていたなんてとても言えず、素直に受け取る。
元は私のものなんだけど、という子供っぽい言い分はしょっぱい味とともに噛みくだいた。

「ファンの子たちからの隠れ場所に、どうして私の部屋を利用するの?」
「灯台下暗しっていうだろう? 案外バレないものだね」
「鮎川先生にはバレたじゃない」
「そうだね。でも、名前の部屋って静かで居心地がいいんだ」
「TVの音がうるさいのに?」
「二人でのんびり見るのがいいのさ」

ふうん、と気の抜けた返事をしてお菓子に手を伸ばす。
ファンの子たちだって一生懸命だから、何度も同じ手は使えない。地道な努力で探し当てるか、見かねた鮎川先生がこっそり打ち明けるか。この部屋がたくさんの声に包囲される日はいつだろう。

「あ、見てごらん。新しいパックが出るようだよ」

吹雪の声に注意を引かれ、TVで流れているCMに注目する。
封入されるカードが現れては消え、パックの名称とパッケージを飾るモンスターが最後を飾る15秒。デュエルモンスターズの新CMだ。こんな離島でも、発売日にはちゃんと購買部で取り扱っているのだから恐れ入る。

「私、このごろカード運がないから買うかわかんない」
「名前の代わりに僕が選んだら、それは僕の運を使うことになるのかな?」
「うーん、そうだったら頼りたいな。吹雪の運ってたくさんありそうだね」
「少しなら君に分けよう。大サービスだよ」

そう言って笑顔を向ける吹雪に思わず笑みがこぼれる。
手に持ったお菓子の袋を振ると、残りわずかの中身がシャカシャカと音を立てた。

「ねえ、購買行かない? 炭酸が飲みたくなっちゃった」
「いいね。それじゃあ、下で会おう」

塩気のついた指先をウエットティッシュできれいに拭って部屋の扉へ向かう。
背後から流れてきた風にふり返れば、吹雪がベランダに出ていた。ひらひらと振る手に応えると、吹雪はひらりと手すりを越えて消えた。
同じ扉から出られないなんて。やっぱりこの関係、へんだなぁ。



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