「ナッシュは居るか」

カランコロンとドアチャイムを鳴らして入ってきた少年は、人を探しているようだった。
焦った様子はなく、むしろ、ここに居るだろうと見込んでいる様子だ。
しかしなぜ、尋ねてきたのだろう。残念ながら期待には応えられず、そのような者はいない旨を伝えると、少年はそんなはずはないと反論した。
その確信はどこからくるのか。再度、ナッシュという人物は居ない、私一人だけだと告げると少年はガラス越しに見える表の黒板を指差した。

「ならば、あれに書かれている理由を知りたい」

黒板の内容は今朝、私が書いたものだ。あれがどうしたというのか。
何度問い詰められてもここに尋ね人は居ない。
そう納得してもらえるよう、すぐにドアをくぐって黒板を確認する。少年が気にかけるようなものを書いた覚えはなかったが、チョークで書いた文字の一部が消えていた。誰かが悪戯したらしい。
ドアチャイムを響かせて戻ると、少年は私の言葉を待ってこちらを見た。
その強い視線に、意を決して口を開く。
――表の黒板の文字はナッシュではなく、ガナッシュです。
次いで、ガナッシュはチョコレートだということ。ここがお菓子屋であり、ガナッシュを使った商品が多いこと。そしてナッシュという人物に心当たりもないことを話すと、少年は眼鏡を指で押さえて下を向いた。

「一体どこにいるんだ……ナッシュ」

邪魔をした、と呟いた少年がふらりと店のドアへ進む。とっさにその腕を掴んだ。
少年が驚いて振り向いたが、私も驚いた。無意識だった。
少し待ってほしいと引き止め、店内を見回して目についた小ぶりなギフト用のお菓子を少年に差し出す。一度は断られたが、疲れているようだから、疲れには甘いものを、高価なものではないからとたくさん理由づけて押し通した。

「そこまで言うのなら、いただこう」

根負けし、お菓子を手にした少年は丁寧に礼を述べて店を出ていった。
このあともずっと探し続けるのだろうか。少年が早くナッシュという人に会えるよう、お菓子を食べてもらえるように願った。



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