注)夢主はすべて別人設定


◇ 気づいて‐W

茶器がテーブルに並べられる音がして、思いのほか読み物に夢中になっていたことを知る。
「あら、ありがとうV……」
いつものようにお茶を淹れてくれたのだろうと顔を上げれば、そこにVの姿はなく、代わりにふて腐れた顔のWがいた。
意外だ。そしてあまりにも唐突だった。
発すべき言葉を選んでいるうち、Wは一つ舌打ちをして反対側のソファで荒っぽくふんぞり返った。
「言っとくが、用意したのはVだ」
「そう……Vはどうしたの?」
「トロンに呼ばれた」
「今度の用は何かしら。紅茶ありがとう、いただくわ」
素っ気ない返事をするわりにじっとりと投げかけてくる視線を無視して、読みかけの本にしおりを挟む。深みのあるミルクティーの色。
やさしい香りがふわりと漂うそれを口に含むと、どこか違和感を覚えた。
美味しくないわけではない。けれど、飲み下してみても違うように感じる。
この奇妙な感覚は一体……これを運んできたWを見やると視線がぶつかり、不自然に逸らされた。そこでふと、考えが浮かんだ。
「ねえ、本当はこれを淹れたの、Wなんでしょう?」
「……なんで分かるんだよ」
「やっぱり。風味がいつもと少し違うもの」
面白くなさそうにツンとそっぽを向く横顔。
言い当てられたことで居心地悪そうに身じろぐWの姿に思わず頬がゆるむ。
無論、それを見逃すはずもなくWはじろりと睨んでくるけれど、今の状況ではいささか凄みに欠けた。
「俺は、Vが用意していたのをカップに注いだだけだ。それでも違うもんなのか」
「そうね……その時点でも紅茶の温度やミルクを先に入れるかどうか、なんて味を左右する要素は色々あるけれど、Vが淹れてくれる味じゃないわね」
「悪かったなァ、Vじゃなくて」
「いいえ、Wのミルクティーも美味しいわ。あなたのは、少し苦みが立つかしら」
試してみたら? と、Wの前に置かれている手つかずのティーカップを示す。
しばし間が空いて、渋々と白磁の器に口づけるWを見守る。
「別に、違いなんかねぇじゃねーか。よく俺が淹れたなんて当てずっぽう言えたもんだぜ」
「まあ失礼ね。実際、当たっているのだから認めてくれなくちゃ」
「好きに言ってろ。アンタの味覚の調子が狂ってるだけだと思うけどな」
それでも尚、憎まれ口を叩くけれど、ぶっすりとむくれているよりは可愛げがある。ほんの些細な変化。しかしそれに気づかないほど鈍感な舌を、Wも持っていないはずなのに。これまで何杯ものVの味を堪能してきたのだから。
幾分と多弁になったWの言葉を聞きながら、滅多に口にできない特別な一杯をゆっくり味わった。




◇ 雰囲気に呑まれた‐X

床に座るなんて行儀が悪い。そんなことを言える雰囲気ではなくて、誤魔化すように彼の背に手を回しそっと髪を梳く。射し込む夕日を浴びてオレンジ色に染まった銀糸はさらさらと指先から逃げていく。どうしてこんなことになっているのか。ただ少し、昔話をしただけなのに。あの頃を振り返ってはいけなかったのかもしれない。誰よりも長くあの人と共に居た彼は過去と現在の違いをよく知っているから。彼の名を呼ぶ。いつかのように私の髪を撫でつける彼の手つきは優しく、もう一度その名を口にする。懐かしさに喉がひりついた。この夕焼けがいけないのだ。まるであの屋敷にあった暖炉の灯りのように私たちを包むから、かえりたくなる。
「X」
彼の名を呼ぶ。抱き合っていなければ感じなかったほどほんの小さく身を震わせ、離れていく。すまない、と。差し出された手に引かれて立ち上がればもう、今の私たちに戻る。過去を断ち切りはしない。ただ少し迷うときがあるだけなのだ。




◇ あの光に少し、焦がれる‐V

「こんな時間に出歩くなんて珍しいね、V」
声を掛けたことでようやく私の存在に気づいたのか、身を寄せていた欄干から離れてVは薄く笑みを浮かべた。
「ええ、なんだか眠れなくて……あの街はどこも賑やかですから」
ネオン輝くハートランドシティを望める深夜の橋。時間帯もあって人も車も見かけないこの場所でぼうっと街を眺めていたVはとても浮いて見えた。
水面に目を落とすVに倣って、視線をやる。暗い川の流れに乗ってきらきらと揺れる光が夜目に滲みるようだった。
「長く見ないほうがいいよ。眩しさに目が痛みそう」
「もう少しだけ、許してください。きっと、痛む前に涙の膜が守ってくれます」
「……泣く理由なんて作らなくていいと思うけど」
「ふふ。そんなのじゃありません。生理的な問題です」
Vはそう言うけれど、私にとってはやはり目の毒だと思えた。カラフルな色がVの瞳に溶け込んで、綺麗な緑色を濁らせているような気がした。
どんなに求めてもあの輝きは私たちに馴染まない。
「泣きそうなのは、貴女じゃないですか」
ふいに伸ばされたVの指が私の目の下をなぞり、目尻で止まった。その肌が触れ合った間にじわりと染みていくものを感じて恥ずかしさがこみ上げる。顔を背けるとVは小さく笑った。
「僕なら大丈夫。少し見ておきたかっただけです」
「……また見たくなったときは私も誘ってね、絶対よ」
「ええ、そうします。……さあ帰りましょう」
Vが左手をぎゅっと握り締め、手の甲の紋章が光る。そうして現れた複雑な光の中へ身を投じた。



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