ああ、どうしよう。無性にドーナツが食べたい。
ドーナツ全品100円セール!(今日まで!)なんてCMを見たせいだ。
へーそうなんだ、どんな種類があるんだろう。なんて、軽い気持ちで調べてしまったせいだ。
だけど今の時間、そろそろ夕飯の支度をしなきゃならない時に「ドーナツ食べたい」と告げたら、きっとクロウが怒る。
クロウに隠れて一人で出掛けようとしても、今度は遊星が「夜道は危ない」と止めに入る。
しかも、そう言う割にたまにしか一緒に行ってくれないのだから、案外厳しかったりする。
もちろん、ジャックはこんなことに付き合ってくれない。保証する。
だったら残りは一人。
寝転んでいたソファーから飛び起きて、下のガレージへ降りることにした。


「クロウはまだ帰ってない?」
「夕飯までには帰ると言っていたが、何か用だったのか?」
「ううん、むしろ好都合なの」

D・ホイールのパーツを片付けている遊星を横目に、目的の人物の背後に回る。
案の定、D・ホイールの調整に夢中でわたしの存在に気づいてない。大声で呼びかけて脅かしたくなったけど、ここで印象を悪くしちゃまずい。
しゃがんで、その肩を軽く突っついた。

「ブルーノ。今、手を離せる?」
「あぁ名前。ちょっと待って……………うん、いいよ。どうしたの?」
「あのね、ドーナツショップまでついてきて欲しいんだ」
「えっ今から?」
「クロウにバレるとうるさいから、今すぐにでも」

工具を持ったまま、うー……と唸って視線をさ迷わせるブルーノ。その視線のほとんどがD・ホイールの内部に注がれている。
作業途中なのも、ブルーノがD・ホイールを愛しているのも分かってる。分かってるが、今のわたしの心はドーナツに囚われているのである。

「おねがい。今日まで全品100円セールなの」
「そうだ、遊星にD・ホイールで連れて行ってもらうのは」
「それは出来ない。今、ブルーノ自身が調整しているだろう」

遊星に指摘されて、ブルーノはハッと赤いボディ全体を視界に入れた。
そして、おどおどと申し訳なさそうな視線がわたしに突き刺さる。

「ごめんブルーノ。やっぱり諦めるね」

むりだ。D・ホイールには敵わない。
そんな様子を見せられちゃ、無理やりにでも引っ張って連れて行こうとまで考えていた自分が悪党のようだ。
少しだけ期待を込めて遊星を見れば、また次の機会に行けばいいとフォローしてくれた。……だめか。
立ち上がって、ようやく夕飯のメニューに思いを馳せる。ドーナツが食べられないのなら、逆にガツンと辛いメニューにしようかなぁ。

「あ、あのっ名前!」

慌てた声に振り返ると、ブルーノがすくっと立ち上がった。少しだけD・ホイールを見、そして目が合う。

「やっぱり、僕も一緒に行くよ」
「えっ! そんな悪いよ。遊星が言ったように、また今度にするからさ」
「でも、今日までなんだよね? だったら、」
「いいよ気にしないで。D・ホイールをいじってるブルーノ見るの好きだし」
「えぇっ!?」

勢いよく後退りしたブルーノの足が工具箱を蹴っ飛ばす。どんがらがっしゃん。
中身が転がる中、真っ赤な顔で硬直しているブルーノにどんな反応をしたらいいんだろう。

「ブルーノ?」
「うわあああごめん! なんでもないからっ」

青い髪の間から覗く耳の赤さが、なんでもなくないことを伝えてくるんだけれど。
助け船を求めて遊星と見交わす。こくりと頷いてみせる彼からはいまいち伝達率が良くなかった。それじゃあ分かんないよ遊星。

「えっと……その、ブルーノの言葉に甘えてもいい? ついてきてくれる?」
「う、うん! もちろんだよ!」

僕、手を洗ってくる! と、床の工具につまずきながらブルーノは足早に上のフロアへ消えていった。床に散らばった工具を片づけ始めた遊星の邪魔にならないように避ける。
やった、ドーナツ食べられるんだ。

「名前、俺の分のドーナツは必要ない」
「えっ遊星、いらないの?」
「ああ。今日はもう、これ以上甘いものは欲しくないんだ」

どういう意味だ。……いや、そういう意味か。なるほど。遊星がそう言うならそうなんだろう。今ごろになって熱を覚えはじめた体がくらりと揺れる。
支えを求めて手をついた赤いD・ホイールが、心なしか温かい気がした。



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