「名前もそういうのに興味あるんだ」

キヒヒ、とからかいの対象を見つけたルチアーノ様がソファーに座る私の隣へどっかり腰を下ろす。
今は休憩中で、最近離れつつある世間と繋がりを保つために女性誌を読んでいたところだった。それの特集ページ、『自分へのごほうびにも! 今年話題のバレンタインチョコレート!』をにやにや眺めながら私の返答を待っている。

「いえ、ちょっとした息抜きですよ」
「ふぅん、誰かに贈るつもりかい?」
「特にそのような予定もありませんが……」
「そうだ、プラシドに苺のやつを渡してみなよ。どんな反応をするか見ものだぜ」

お腹を抱えながら甲高い笑い声をあげるルチアーノ様。
プラシド様は意外にも苺がお好きで、そしてチョコレートがお嫌いである。それを把握したの上で、ルチアーノ様自身も嫌いなチョコレートを贈ってみろと言っているのだ。

「そんなことをしては、あの剣で斬り捨てられないでしょうか?」
「さあ? 殺されたらそれはその時の話さ。ああ、これなんかいいんじゃない?」

物騒な言葉を口にしながら指差したのは、断面から濃厚そうな苺のジュレが溢れているピンク色で可愛らしいハート型のチョコレート。
甘党の私から見ても甘そうなそれをすすめるとは、相変わらず意地悪な性格をされている。
しかしたったの三個入りでこの価格……きっとさぞかし美味しいのだろう。
自分用に欲しいかも。つい喉をならせるとまた隣から笑い声がもれた。

「名前……何処へ行ったかと思えばこんな場所にいたとはな」
「あれぇ? 噂をすればプラシドじゃん」

突如、空間が裂かれ、プラシド様が現れた。
そんな異様な光景に慣れてしまった自分が恐ろしくもある。
つかつかとこちらへ詰め寄り、私とルチアーノ様、最後に雑誌の記事へ視線を落として忌々しそうに鼻を鳴らした。

「所詮、貴様もつまらん女だったというわけか」
「……雑誌ひとつでその評価はいかがなものかと思います」

この方も相変わらず容赦ない。

「まあ良い。言いつけていた開発途中のハイウェイルートのデータはどうなっている」
「それでしたら既に揃えております。お持ち致しましょうか?」
「早くしろ」

言われて立ち上がろうと腰を浮かしたとき、力強く腕を下に引かれてまたソファーに座り直してしまった。
不思議に思って横を向くと愉快そうなルチアーノ様がいて、その視線の先には苦い顔をしたプラシド様が、私達は三者三様の表情をしていた。

「今休憩中なんだろ? だったらプラシドの言うことなんて聞く必要ないじゃん」
「黙れルチアーノ。お前に口出しされる覚えはない」
「何だよ偉そうにしちゃってさ。その言葉、そのまま返してやるよ」
「この……口の減らないガキめ」
「それはあんたもだよ。キヒャヒャヒャ」
「お二方、どうか穏便に……」

ここで素直に命令を聞きデータを取りに行けば、この不穏な空気も緩和されるはずだ。
しかし、未だにルチアーノ様が腕をはなして下さらず自由に動けない。

「えぇと、あの……プラシド様は苺のチョコレートはお好きでしょうか?」
「何、」
「プラシド様へお渡ししてはどうかとルチアーノ様と話していたところで……その、お嫌いでしたら、申し訳ございません」

じぃっとこちらを見据えた左目に言葉の勢いが衰える。
片手に開きっぱなしだった雑誌へ原状回復の糸口を求めたのがまずかったかもしれない。
子供相手じゃあるまいし。やはり食べ物の話で機嫌をうかがうのは得策ではなかった。ましてや半分はプラシド様が苦手としているものである。これは首がとぶかもしれない、リアルに。

「ル、ルチアーノ様はいかがでしょう?」
「はあ? 僕?」
「は、はい是非とも」
「そうだねぇ、名前の手作りだったらもらってあげてもいいよ。甘ったるいのは絶対にいらないけど」

雑誌の片側を引き寄せて手作りチョコレートレシピのページを探し始めたルチアーノ様。
乗り気になって下さったのは有難いけれど、先ほどから沈黙を貫くプラシド様が正直、気味が悪い。恐る恐る上に視線を向けると、鈍い感覚が伝わり、手にしていた雑誌の上半分がばらばらと形を崩していく。

「ルチアーノ如きに貴様が物を恵んでやる必要などない」

雑誌を真っ二つにしたその剣で空間を裂き、プラシド様はそのまま無言でどこかへ行かれてしまった。

「…………斬られましたね、雑誌」
「やっぱり短気なプラシドには甘いものが必要なんじゃねーの」

しばし放心状態に陥った私と対照的に、それすらも面白がるルチアーノ様を横目で見ながら、床に散らばった読みかけの雑誌へ諦めの溜息を吐くしかなかった。



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