「南の島へ行きたい」
ぽつりと名前が口にした。
いつも騒々しい広めのガレージだが、現在はみんな出払っている。遠く、階段の踊り場にあるチェアに腰かけていたクロウにも呟きが届くほど静かだった。
「それで、海にプカプカ浮いていたい」
「なんだそりゃ」
名前の感覚がよく分からねぇ、と苦笑いするクロウを当人は眉を寄せて見上げる。
「最近ずっとこの家と仕事先の往復なんだよ? 解放感を求めたい!」
「そうは言うけどよ、今、生活切り詰めてんの分かってんだろ。南の島なんか無理だっつーの」
「WRGPって優勝賞金出ないの?」
「出ねぇ」
「南の島ー!」
階下でぎゃあぎゃあと喚く名前にクロウは耳を塞ぐ。
そんな金があったら口癖のようにジャックに働けと言わなくて済むし、いやあいつは働かないとダメだ。大体、自分も汗水流して働いて久しぶりの休みに、どうして責められなきゃならないんだ。
そこまで思考を巡らせて、クロウははたりと思い出した。
「海でプカプカってんなら、たしか龍亞と龍可の家にプールがあるんじゃなかったか」
「それだ! さあクロウ、ブラック・バードを出して!」
「今から行く気かよっ!」
「やだなぁ。今日はもう遅いから『今度プールで遊ばせてね』ってお願いしに行くだけよ」
「名前、それ別に電話でもいいんじゃねぇのか」
「大事なお願い事をするときはちゃんと本人に会いなさい、ってマーサが言ってた」
「そーかよ……」
「はい、これ!」
ガックリと脱力するクロウに追い討ちをかけるように名前が黒い玉を投げつける。二、三度腕の中で跳ねたそれはクロウが愛用しているヘルメットだった。
それからまた名前に視線を戻すと、すでにヘルメットを被ってブラック・バードに跨がろうとしていた。
「遅くに行ったら迷惑だから、暗くなる前に早く!」
俺への迷惑はいいのかよ。
自分の前のシートをバシバシ叩いて急かす名前に、出かかった文句を飲み込んでクロウはようやく立ち上がる。
「あんまりブラック・バードをいじめんなよ」
つくづく甘い自分を恨みながらも、階段を下りるクロウの足取りは軽かった。



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