「もうここまで、か……。さようならエド、大好きでした」
「船酔い程度でそんな告白を受けても嬉しくないんだが。それより、気をしっかり持ってくれないか」
クルーザーを操縦するエドの後方に置かれた椅子に身を預け、私はぐったりと限界を感じていた。酔い止めの薬を飲み忘れたせいでデュエルアカデミアへの優雅なクルージングは悪夢と化した。
今さら後悔しても遅いけど、こんなことなら無理言ってついて来なければよかったと思う。
そもそも下層に高級食材をたっぷり積み込んでるのに酔い止めの薬が一錠もないなんて、このクルーザーがおかしい。
いや、所有者がそうなのかもしれない。ちらりとその背中に視線を送ってみる。
「名前、僕に言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」
「なんでもないです……」
なんで分かるんだ。後ろに目でも付いてるのかな、エドならあり得るかも。
ああ、思考が正常に働いていない気がする。出すものも何も残っていない胃がしくしく痛む。呻きながら体勢を変えると、エドが呆れたように息を吐いて振り返った。
「ベッドルームで横になっていた方がいいんじゃないか。アカデミアにはまだ遠いぞ」
「うう……一人になるのがやだ」
「重症だな」
エドはやれやれといった風に首を振り、操作盤をあちこちいじり始めた。
これ以上加速するの? でも私、これ以上の揺れに耐えられないかも……。
戦々恐々と動向をうかがってると、重低音で唸っていたエンジン音が徐々に小さくなって、ついに消えてしまった。聞こえるのはささやかな風の音とクルーザーが波に軋む音だけ。
「クルーザー、止めちゃったの?」
「ずっと背後で呻かれていたら気になって仕方ない。行くぞ」
「え、えっ?」
抵抗する体力もない私の体はエドに軽々と抱き上げられてしまった。線が細そうに見えてこういうところはさすが男の子。
肩を貸してくれるだけでもいいのに、と思ったものの、微かにするエドの匂いにそのまま黙って身を任せることにした。
「ほら名前、おとなしく横になっていろ」
船内設備だとは思えないほどふかふかのベッドに寝かされてほっと息を吐く。
クルーザーが止まっているからか、横になったからか、幾分気持ち悪さも軽くなった気がする。ベッドサイドに立つエドを見上げると、なんだか少し難しい顔をしていた。
「……エドは操縦に戻るんでしょ?」
「一人になりたくないんだろう? 名前が眠ったら船を動かす。それまでここにいてやるさ」
「なんか、妙に優しいからちょっとむずかゆいんだけど」
「失礼だな。僕だって病人にぐらい優しい」
「普段は優しくないんだ?」
そうからかえば、「減らず口が戻ってきたな」と笑われた。温かなエドの手が頬に触れる。
「じゃあ、アカデミアに着いたら起こしてね」
「ああ。おやすみ」
さらりと髪を撫でられて、私は目を閉じた。