「キスするときの頭を傾ける方向は右の人が多いんだって」
「……そういう話題は、吹雪にでも振ってくれ」

少し居心地が悪そうな亮の眉間に皺が寄っている。相変わらずこういうネタは苦手らしい。

「いやよ。あの人、勢いで実践してきそうだもん」
「名前の吹雪への印象は酷いな」
「仕方ないんじゃない?」

そう言って手元のプレートをフォークで突っつく。
このカフェの看板である粉砂糖をたっぷりまとわせたシフォンケーキが、ふわふわとした弾力をフォークに伝える。向かいに座る亮はホットコーヒーを一杯。

「吹雪ってば、出会った頃から軽いんだから」
「そう言うな。あいつにもいい所はある」
「それはまあ……というか、私は別に吹雪の話をしたいわけじゃないんだけど」

口を尖らせれば、亮はまた困ったような表情をする。
こんなに恋愛事に耐性がなくて本当に私と付き合っている自覚あるのかしら。まあ、それでもあの男と比べたらこの反応の方が何倍もいい。
そもそも、そういう観点からも少しも共通点がない二人が友人でいるなんて未だに奇跡としか思えない、って吹雪の話は置いといて。

「ちゃんと外国の研究者が調査したらしいの」
「それを、俺に伝えてどうしようというんだ」
「亮はどっちが多いかなって思っただけ」
「全く馬鹿な事を……」
「いいじゃない。亮はちょっと初心過ぎるのよ」

ぱくり、とフォークに取ったケーキを食べる。ほんのりとした甘さが口いっぱいに広がった。

「名前に恥じらいが足りないだけじゃないのか」
「そんなに品のないことは言ってないつもり」
「さぁどうだろうな」

涼しい顔でコーヒーカップを手にする亮がちょっとだけ憎らしい。
シフォンケーキを口へ運ぶ私の様子を彼は黙って見ていた。


「そろそろ時間だな」
「じゃあ、出ましょうか」

会計を済ませてカフェを後にする。ごちそうさま、と告げると亮は短く答えた。
夕方が迫る休日ともあって通りはカップルがちらほら目立つ。私達もその中の一組だけど、他のように甘い空気はあまりない。ただ隣同士歩いていた。
ふと、ちゃんとチケットが入っているか気になってバッグの中を確認する。

「どうした?」
「ああ良かった。私、この舞台とっても楽しみにしていたのよね」

ちらりとチケットが入った封筒を見せると、亮は合点がいったように頷いた。

「チケットを手配してくれて本当に嬉しい。ありがと、亮」
「いや、大したことはない」
「謙遜しちゃって」

からかうように顔を綻ばせれば彼も少しだけ表情を緩めた。


ようやく到着した劇場は古くからの歴史があるらしく、重厚な構えになっていた。
入り口前の乳白色の石階段を二人で上る。周囲には舞台のメインイメージが大きく掲示されていて、ますます期待が高まっていく。

「名前」

名前を呼ばれてそちらを向くと、亮の顔が迫っていた。
逃げようにも腰に回った彼の左手がそうさせてくれない。階段の途中、恐らくこれから同じ舞台を観劇する人達の驚いた視線が突き刺さる。

「どうやら俺は右側のようだ」
「ひっ人前で、なにするのよ!」

きっと私の顔は真っ赤だ。亮の唇に移ったグロスが妙に艶めかしい。バッグから取り出したハンカチを強引にその口へ押し付ける。
ばかだ。この男、絶対ばか!

「もう取れただろう」

ごしごしと何度もグロスを拭われるのに耐えかねた亮は私の手を掴んで動きを止めさせた。
こっちは顔から火が出そうなほど恥ずかしいのに、それとは対照的に何事も無かったように落ち着き払っている亮。それがとっても腹立たしい。

「一体どちらが初心なんだろうな」
「それなら、亮は恥じらいを知らないのね」
「そんな赤い顔で睨まれても説得力などないぞ」

憎まれ口を叩いても軽くあしらわれてしまう。
それがどうにも我慢出来なくて「もう知らない!」と階段を一気に駆け上がる。
亮が追いつくまで。それまでにこの頬の赤みが引くことを願った。
類は友を呼ぶってこういうことなのね!



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