抜けるような青空を、丸く塗り潰す影が頭上を飛び越えていく。
直後、けたたましい音が響いて、数ブロック後ろの足場が全て崩れ落ちてしまった。
もしも、あと少し手前で落ちていたら……恐ろしい仮定を消すように頭を振る。
対峙する碧髪の彼を見やれば、失敗したと残念そうな顔をしている。そんな可愛い顔をしても、やることはまるで鬼のようだ。
やらなきゃやられる、頼れる仲間はもういない。自分の手でやらなくては。
私は目の前に立つ彼を目掛け、ラグビーボールを投げつけた。


「そんなんじゃ俺まで届かないぜ」
「うるさいわねっ、ちょっと手元が狂っただけよ!」

目の前の鬼――ヨハンに食ってかかるが、自分が優勢の立場だからか軽く流されてしまう。
悔しくも力を込め過ぎたラグビーボールは、高さが全く足りずお互いの中間地点の足場を二、三度バウンドするだけで終わってしまった。
これで私のターンは終わり、次はヨハンのタ―ン。
彼は一つ前のブロックへ進み、使用するボールを品定めしている。どうせボウリングボールでしょうに。
今はタッグ用特別カリキュラム『がけっぷちボール』の真っ最中。
タッグ同士2対2で交互にボールを投げ合い、先に相手チーム二人のライフを減らして倒した方が勝ちという単純なルール。数種類用意されたボールの中で最も凶悪なのがボウリングボールで、人に当たれば即ライフ0、外れても着地地点の足場のブロックを根こそぎ破壊してしまう恐ろしいものだ。
持つだけで腕が疲れるそんなものを好んで使用し、あろうことか片手で放り投げるヨハンを鬼と呼ばずになんと呼ぼう。一体どんな筋肉があの力を捻り出しているのか、一度フリフリの袖の下を見てみたい。

「名前ーもういいかー?」

準備が終わったらしいヨハンが私の名前を呼び上げる。
さあ、いよいよだ。お互い、パートナーが早々にリタイアして残りライフも同じく二つ残している。連勝記録更新中の今、ここで負けるわけにはいかない。

「いいわ、かかってきなさい」
「へへっ俺も負けられないからな」

いくぜー! と投球フォームに入るヨハン。コントロールが難しいボウリングボールなら外す確率の方が高いのだから、次の私のターンで決めてしまえば……あれ、あの白いのは、

「う゛っ」

防ぐ間もなく顔面にねっとりと張りついたクリームが視界を奪う。ご丁寧にパイ生地までついたそれはいわゆるクリームパイというやつで、口の中へ入り込んだほのかな甘さが不快感を倍増させる。
その対処に手間取っているとドンッと衝撃がした。その直後、響いた試合終了の笛の音。
ああ、これは……。
力任せにパイを剥ぎ取って地面に叩きつける。そして目の前の人間を睨んで、吠えた。

「このタイミングでパイだなんて! 最後までボウリングボールで戦いなさいよ!!」
「そんなに怒るなよ、負けられないって言っただろ?」
「それにしたって……あーもう、アタマに来る!」
「おっと!」
「君! もう勝敗はついている、これ以上ボールを投げるのは禁止だ!」

速やかに退場しろ、と審判に注意されてしぶしぶフィールドから下りる。
顔や前髪に残ったままのクリームがすごく不快だ。なにより、負けてしまったのが悔しくてたまらない。砂浜に下り立って先に脱落したパートナーを探したが、どこにも姿が見えなかった。
早く寮へ帰ってシャワーを浴びたいのに。
じゃりじゃりと砂を踏む音に振り返ると、憎き相手がこちらへ来ていた。

「お前のパートナーいないんだろ?」
「だから何? 私に構わないでくれる?」
「今、あっちで俺のパートナーとデュエルしてるぜ」
「はあっ!?」

ヨハンが指差した方角を見やれば、遠くにパートナーのエースモンスターのソリッドビジョンが出現していた。
あいつ! パートナーをほったらかしにしてデュエルをするなんて!

「ありえない! タッグなんて解消してやるわっ」

普段なら我慢出来るようなことも、今はグラグラと沸き立つ激情が邪魔をしてこれ以上抑えられそうにない。
私はこんなに短気ではなかったはずなのに。それもこれもこの男のせいなのか。

「それならさ、新しく俺とタッグ組んでみないか?」
「ヨハンと? 冗談言わないで。私、今とってもムシャクシャしてるんだから」

これ以上ヨハンと関わっていたら堪忍袋の緒が切れてしまいそう。
乾き始めたクリームをさっさと洗い流してしまおうと女子寮の方角へ踵を返したところで、またヨハンが私の前に立ち塞がって邪魔をする。
ああもうこいつは本当に……!

「俺、名前とタッグ組みたいんだよ」
「話を聞いていなかったの? 大体、そっちはもうパートナーがいるじゃない」
「それなんだけど、あっちはたぶんお前の元パートナーと組むと思うぜ」
「なによ、それ。ねえ、まさかヨハン、私とタッグ組みたいからってそう仕組んだわけじゃないわよね」

半ば冗談として言ってみたのにグッと口をつぐむヨハン。

「うそ、本気なの?」
「悪いかよ。そもそも名前が他のやつとタッグ組んでなきゃ良かったんだ」
「そんなの、普通にタッグを申し込めばいいじゃない」
「名前のデッキはアイツの方が相性いいみたいだし、今さら言えなかったんだよ」
「だからって、なんでこんな面倒なこと……まったくの逆効果よ!」
「だってしょうがないだろ、名前の隣に男がいるのが我慢出来なかったんだ!!」

顔を赤らめながら言い切ったヨハンを呆然と見つめるしかなかった。

「本当に意味わかんない…………私、寮に帰る」
「待てよ、返事ぐらい聞かせろよ」
「シャワーを浴び終わったら、デッキ調整するから待ってなさいっ」

そう言い放つと一拍あいたのち、よく分からない言語を口走るヨハンに抱き上げられた。
降ろせと頼んでも聞く耳を持たない。くるくる回る視界に酔ってしまいそうだ。
もういいや、クリーム移しちゃえ。そんな思惑があると知らないヨハンにしばらく身を任せることにした。



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