「わたしにも見えたら良かったのに」
さわさわと青葉がふれ合う木陰のベンチで名前は小さく吐き出した。
「ルビーなら名前の膝の上にいるぜ」
えっほんと? と嬉しそうに自分の膝上の空間を撫でる名前。その手は実体のない精霊の体を何度かすり抜けてしまうが、当のルビーは気持ち良さそうに目を細めてじっとしている。
そんな様子を見て隣に腰掛けるヨハンはやわらかに頬を緩めた。顔を撫で、髪をすり抜ける風が心地好い。穏やかな午後がゆっくりと過ぎていく。
「きっと見えるようになるさ」
確証のない言葉だったが、いつの間にかヨハンの口は動いていた。
名前に自分の家族を紹介したい。カードではなく精霊として個々の体を持った信頼出来る家族たちを。そんなヨハンの願いが言葉に表れたのかもしれない。
「そうだね」
名前はルビーを撫で続ける手をそのままに微笑む。
「その時はヨハンとルビーたち勢揃いで、みんな見てみたい」
欲張りかな、とかすかに頬を染める名前にヨハンは笑って応えた。なんだ通じてるのか。
ほんのりヨハンの胸に灯がともるのを感じた。
「いつでもお前に会いに来るぜ。なぁルビー?」
『ルビビー』
「ルビーはなんて?」
「もちのろん! ってさ」
「その言い回し、久しぶりに聞いた」
くすくすと笑う名前を前にルビーはどこか自分が笑われたような気がして不服そうに一声鳴いた。丸い紅玉がついた尻尾を揺らめかせる。
「ああごめんねルビー、あなたを笑ったんじゃないの。ヨハンがいけないんだよ」

拗ねてしまった小さな精霊をなだめるために名前がそう口にすれば、「俺は悪くないぜ」と今度はそのパートナーまでふて腐れるふりをする。
「まったくもう」
似たもの同士の二人に口を尖らせるが名前の口角は上がったままだ。
ポーン。
遠くから時刻を知らせる音が届き、一分間のゆったりとした音楽が流れ始める。
「そろそろ部屋に戻らなきゃ」
「おんぶして連れてってやるよ」
「やだよ、『微笑ましいわねぇ』っていう周りの空気に耐えられない」
「俺は別に構わないぜ」
「わたしはとっても構うの」
ヨハンの提案を却下して大きく背伸びをする。名前の膝上からぴょんっと飛び退いたルビーはそのまま器用にヨハンの肩へ登っていった。
ヨハンは肩の相棒を一撫でし、上げられていた名前の手を取って勢いよく立ち上がる。それに引かれて強制的に立たされた名前はポカンと口を開けて驚き入っていた。
「手、繋いでていいよな?」
行動とうって変わって優しげに問われたら、抗議の言葉は喉の奥へ引っ込んでしまう。
こっくりと頷く名前を見て彼は小さく喜びの声を上げた。
「それじゃあヨハン隊長。先導お願いします」
「ああ! ちゃんと着いて来いよ名前」
「了解です」
二人は手を握ったまま、中庭を後にした。

たとえこの目が見えなくとも、代わりの目がそばにいてくれる



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