岩屑がガラガラところがる斜面を軽やかにのぼっていく。背の丈よりも大きな岩の上を飛び移るなど造作もない。身のこなしには自信があるし、なによりこの先で起きる楽しみを早く味わいたくて仕方がなかった。
いくらか進んでいると、キンッと金属のぶつかる音が耳に届いた。浮き立つ心も足取りも今は羽より軽い。ペースを早めて道なき道を走ればひらけた場所に出た。
ガチガチと鍔迫り合う音が響く。巻き上がった砂塵の中で大太刀を振るうのは目的の人物。
再会の喜びを噛み締めながら、勝負が終わるのを遠くで待つ。相手は業魔。実力から言って負ける要素などなかった。

「久しぶりねナマエ」
「ムルジム!……わっ、ちょっと!」

適当な場所で座り込んでいると顔馴染みに声を掛けられた。彼女はネコの聖隷だ。挨拶がわりにベロリと顔を舐められてくすぐったさに身をよじる。

「急いできたの? 身だしなみが乱れてるわよ」
「だって早く会いたかったんだもん」
「本当、好きよねぇ」
「えへへへ」
「ま、だらしない顔」

ムルジムはわたしの気持ちを知っている。だからこれは二人だけの秘密の会話。ある程度身なりを整えて、ムルジムに合格サインをもらう。
元気だった? と近況の連絡をしながらも視線は目の前の戦いに向いてしまう。その剣技は力強く、美しく。思わず感嘆のため息をもらすと隣から小さく笑い声がした。時に姉のように見守ってくれる彼女も大好きだった。
徐々に斬り合いの音が鈍くなり、ついには消える。勝者は分かりきっていた。

「シグレ様ー!」

待ち望んだ名を呼びながら戦いがあった中心へ駆ける。

「よおナマエ。来てたのか」
「はい! お会いしとうございました!」
「はっはっは! 相変わらず威勢がいいなぁ!」
「シ、シグレ様……!」

わしわしと頭を撫でられてどぎまぎする。会うたびにして下さるが、いつまで経っても慣れるものじゃない。大柄なシグレ様より小さいわたしに合わせて屈むその優しさにも胸がいっぱいで幸せがあふれる。

「ナマエ……他にも伝えることがあるんじゃないの?」

いつの間にか近くに寄っていたムルジムが現実を呼び起こす。たっぷり撫でられて浮かれた頭の中で、ここに来た使命を思い出した。

「あっ、その、シグレ様。アルトリウス様がお呼びです。至急来られよとのことで、伝言に参りました」
「至急? ってことは業魔どもと遊んでる場合じゃねえな」
「最優先事項ですので、申し訳ありません」

楽しみを妨害してしまう形になり深く頭を下げれば、シグレ様は気にすんな! と笑い飛ばして、またぽんぽんと頭を撫でて下さる。それひとつで心苦しさが霧散してしまうのだから我ながら現金だ。

「にしてもよぉ、毎回よく居場所が分かるな。ここまで来るの、大変だったろ?」
「わたしもムルジムと同じ聖隷です。おおよその土地を特定出来れば、あとは感覚といいますか、言うなれば野生の勘です」
「そりゃあいい! 勘ってのは大事だからな」
「それにシグレ様が周囲の業魔を一掃されるので、穢れが少ない道を辿って探し当てることが出来るのです」

探索能力を買われ各地を放浪するシグレ様への連絡役としてお役目をいただいてから何度目の出会いだろうか。
初めての任務。業魔の襲撃に怯えながら見つけたシグレ様。業魔を祓い、大太刀を鞘におさめる所作は凛然としていて、豪快な剣さばきとのギャップに心が焦がれた。
聖隷が人間に一目惚れなんて。長く生きてみるものだ。

「それでは、わたしは一足先に帰還いたします」
「もう行くのか?」
「はい。伝言を終えたことを報告せねばなりません」
「どうせ目的地は同じだろ、一緒に行けばいいじゃねえか。その方がナマエも安全だしな」
「嬉しい申し出なのですが、わたしの任はシグレ様をお連れすることではなく……」
「小せぇこと言うなよ。大きくなれねぇぞ」
「ひっ、ひぃやあああ」

脇に手を入れられてそのまま持ち上げられた。それはもう情けない叫び声も飛び出る。
立ち上がったシグレ様はやはり背が高く、浮いた足がぶらんぶらんと揺れるほど。どうしてこんな、子供のような扱いを……。
まさに目と鼻の先、お顔をまっすぐ見ることが出来ず絞り出すようにお供させていただく旨を告げると、シグレ様は満足げな笑みを浮かべた。果てしなく爽やかだ。
シグレ様の足元でムルジムがわたしを見上げて笑っている。

「シグレ、あまり乱暴にしちゃダメよ。ナマエの体はか弱いんだから」
「応、悪ぃな」

優しく腕の中に抱えられ、身を硬くするわたしを落ち着かせるように無骨な指先がカリカリと首回りを撫でる。たくましい腕から伝わる体温、包まれる匂い。シグレ様の情報量が多くて処理が追いつかない。

「ナマエ。絶対に落とさねぇから、爪を立てるのはやめてくれよ?」
「も、もちろんです!」
「よし、行くか!」

そう言うや否やシグレ様は走り出す。勢いに乗ったまま岩の斜面を駆け下り始め、恐怖で尾がお腹まで巻き上がる。言われた通り爪を出さないようにしたいのに本能が邪魔をする。
やっぱり、ネコの姿ではままならないなぁと。シグレ様の片腕に収まってしまう我が身を思うとちょっぴり涙が出そうだった。


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