飴色のダイコンをひとくち、口に放り込めば、じゅんわり豊かな出汁が染み出してくる。少し熱めで噛むほど旨味があふれ、ほろほろとやさしく崩れていく。
──ああっ、この味、たまらない。

「料理ひとつで、よくそんな顔ができるな」

うっとりと堪能する私などお構いなしに、余計な茶々を入れてきたのはリドウさんの呆れ声だった。向かいの席でワイングラスを手に取る姿は様になる。
それでも聞き捨てならない言葉だ。周囲の客の目もあって声を荒げることはないけれど、食べたこともないのにそう言われては、わずかでも不満が生まれるというもの。
そんなじれったい気持ちを和らげるように、手元の皿からいい匂いが立ちのぼる。

「私の顔はともかく。じっくり染みこんでいておいしいですよ、このおでん」
「なんでそんなものがバーにあるんだか」
「知る人ぞ知る、時期限定の裏メニューなんです。まあ、おひとつどうぞ」
「ワインに合うわけないだろ」

良かれと思ってリドウさんの方へ寄せた皿をすっぱり拒絶された。ワインの付け合わせにこだわりがあるらしい。仕方なく、自分の前に皿を戻す。
ダイコン、タマゴ、その他、変わり種にロールキャベツ。ポトフとはまた少し違った姿から立つ湯気が食欲をそそる。リドウさんは食べてくれないけど、やはり誘ってみてよかった。
勢いに任せてがっつかないようにペースを意識して食べ進めていく。

「ナマエから誘われたかと思えば、目当てがそれとはね」
「はい、付き合ってくれてありがとうございます。ワインの香りを邪魔しちゃって、申し訳ないですが」

ワインは香りを愉しむもの。グラスワインでもリドウさんが選んだ品だ。相応の価値があるだろう。
先ほど、このワインを注いでいったウェイターの手つきがやけに丁寧だったような気がする──普段から心掛けているものであればいいのだけど。
じっとワイングラスに見入っていると、リドウさんがゆっくりとグラスを揺らめかせた。

「気を遣わなくても大したモノじゃない。クセで選んだだけさ」
「そういえば、いつもワインでしたね。他のお酒は飲まれないんですか?」
「飲めないこともないが、単に好みの問題だな」

リドウさんの好み。嫌いなものならたくさんありそうだ、と思ってもそれは口にせず、代わりにタマゴをほお張った。こちらも十分に出汁が染みこんでいる。
よくよく考えれば、リドウさんにはワインのイメージが強い。着ているスーツの鮮やかな赤色も影響しているけれど、なにより似合うのだ。華奢なワイングラスを持ち上げて口付ける──なんでもないような一連の流れが妙に目を惹く。
見ていることを気取られないように遠くの壁に視線をやるが、おそらく気づいているのだろうな、と感じる。

「そういうナマエは飲まないのか?」
「今日はおでんが目当てでしたから。これだけで満足です」
「飲みに来た身としては物足りないんだけどなぁ」
「おでんに合うお酒ってやっぱりビールでしょう? 苦手なんですよねぇ」
「自分だって、ワインとは合わせないんじゃないか」

小馬鹿にするように笑うリドウさん。一番相性がいいと思ったものを挙げただけで、ワインとの相性は考えていなかった。

「それなら、同じワインを注文するので、おでんと合えばリドウさんも食べてみてください」
「なんで俺が巻き込まれなきゃならないんだ」
「いいじゃないですか。私も飲みたい気分になりました」
「到底、合うとは思えないけどな」

渋るリドウさんを横目にウェイターへ目配せして同じものを、と注文する。リドウさんが好むワイン、自分の口にも合うと嬉しいのだけど。少しだけ胸が高鳴る。
そうして運ばれてきたワインをグラスへ注ぐウェイターの手つきは、やっぱり丁寧だ。

「じゃあリドウさん、乾杯」
「ああ……やるだろうと思ったよ、君ならね」

そう言いながらグラスを掲げてくれるリドウさんにもう一度、乾杯、と笑いかけた。


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