ぼくをみつけるものがたり | ナノ
宇宙の瞳-ヒロト#2

 ああ、やっぱり上手くはいかないんだ。蹴った瞬間にはちゃんと星を纏っていたその流星も、すぐに威力を落としてしまう。だけどボールが撃ち込まれた瞬間にそいつらのうちの一人が驚いた様で少女の手を放した。
 瞬間、少女が俺の打った力のないボールに向かって走り出す。少年二人がまだ宇宙人のような奴らにつかまったままで、このままじゃどうなるかわからない。少女が手をボールに向けた瞬間、周囲が冷気に包まれる。少年たち二人があわてているが少女はそれを無視し、凍らせたボールに思いきり足を打ち付ける。

「いっけえええええああああ!」

 よく分からない奇声を上げながら少女が打ったボールは殺人級の勢いで三人と少年二人に向かっていった。
 俺は見ていない。打ち終わった少女が思い切り着地に失敗していたことを。俺は見ていない。宇宙人のような三人につかまっている少年二人が涙目だったことを。俺は絶対に見ていない。



「よかった…良かったです、三人とも」

 父さんが泣きながら三人を抱きしめている。良かったと思いながら俺は、少し汚れたボールを抱きしめていた。玲音と風介と敦也といった三人は、少し恥ずかしがりながらも父さんに抱きしめてもらっていた。

 彼らは、父さんに『彼ら本人』として愛してもらっている。他の子たちから見れば俺の方が愛してもらっているのかもしれないけれど、俺からすればきちんと愛されているだけみんなの方がましだ。自分を、自分は、俺は、俺が見つけられない。
 思考の海に沈んでいた俺を引き上げたのは、一回り小さな冷たい手だった。はっとして顔を上げると父さんが、風介が、敦也が、そして俺の手に触れた玲音がこちらを見ていた。

「ヒロト、行こうって父さんが」

 玲音が柔い笑みを浮かべて俺の手を取る。背を向けた四人について引きずられるように歩きながら、その手があまりにも小さく、低い温度だということに驚いていた。ひとりひとりの人間でも、こんなに違うんだ。晴也の体温は俺よりも高くて、俺の体温は玲音よりも高くて、だったら。

(俺の体温は、『ヒロト』とどのくらい違うのかな)

「俺と『ヒロト』は、どのくらい違うのかなって、そんなの沢山あるに決まってるよ」

 降りかかった声にびくりと肩が跳ねる。宇宙の瞳で見つめてくる、その視線は俺を突き刺しそうだった。ごちゃごちゃと混ざり合って、純粋なんて言えない。きっと彼女は俺を色んな目で見ているんだろう。それは優しくて、それから冷たい。

「『基山ヒロト』と『吉良ヒロト』は違うんだから。君が心から『吉良ヒロト』にならない限り、君は『基山ヒロト』だ…まあ、」

 僕なんかの言葉、君は信じられないかもしれないけれど。俺の左上の方を見て言う彼女はそのまま俺の手を放して歩いていく。その後ろ姿を呆然と見つめながら、俺も歩いていった。



「玲音ー!」
「風介!久しぶりだな!サッカーやろうぜ!」
「敦也って言うんだ、よろしくね!」

 俺達がついたとたんに、三人を囲むおひさま園の子供たち。俺は嫌われてるからだれも寄り付かないけれど、風介と玲音には最初のころからおひさま園にいるやつらが特に集っていた。玲名なんか半泣きだ。

 俺は一人で絵本が積まれているところに行って適当な絵本を手に取る。絵本の名前は『赤ずきん』だった。なんとなくページをめくって読んでいれば、いつの間にかみんなでサッカーすることになっていたみたいだ。玲音が人数を数えている声が聞こえてきて、小さくため息を吐く。

 一人足りないや。誰誘う?瞳子姉さんは?んー、姉さんっていま高校でしょ?あ、あの子は?え、玲音何言ってるの…玲音!
 玲名が叫ぶ声が聞こえたけどそのまま玲音は無視したみたいだ。関係ないとまた絵本の世界にのめりこもうとした時、文字に影ができた。顔を上げると星が瞬いた。きらきらと輝く青い星に吸い込まれそうになった時、サッカーボールを持った玲音が口を開く。

「えっと…ヒロト、一緒に遊ばない?」
「…俺、嫌われてるし皆も俺と一緒にやるなんて嫌だと思うよ」

 玲音の言葉に素気無く返せば玲音は少し困ったように眉毛を下げた。そんなことして、俺が可哀想とか思っているんだろう。そんなの、やめてほしい。「そんなことないよ…人数合わせだもの、それすら嫌なの?」まるで俺の心情が分かっているように少女は呟く。それでもまだ悩んでいると玲音は強引に俺の手を取った。

「ちょ、」
「ヒロト。サッカーやろうよ!」

 歯を見せて笑った玲音の後ろでみんなが困ったように、でも仕方ないというように笑っていた。風介と敦也が俺の後ろに回って俺の背中を押す。「玲音はオレのだからな」そうむすっと言う敦也からは嫉妬がにじんでいる。それでも、俺を受け入れていた。

「な、んでおれをここまでして」
「だってヒロト」

 歩いている玲音が振り返った。玲音のすぐ横には玲名がいて、俺を見て二人は顔を見合わせてくすくすわらっている。そして玲名は俺の頬を引っ張って笑い声を上げた。

「顔に『一緒に遊びたい』って書いてあるもん」

 周りを見ればみんなぐちぐち言いながらも俺を入れて遊ぶ用意をしていた。どこか、心が温かい。もしかして、こういうのが『うれしい』ってことなのかな。父さんと一緒にいるよりも今の俺には、みんなとこうして笑っている方が、ずっとずっとうれしかった。

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