異端、開始警報
未来に引き連れられて子供を引き取るときや子供を預けるときに親とお父さんが会話する個室に連れてこられた。そこで僕は未来にずっと聴きたかったことを問うた。
「ねえ未来、じゃあ何で風介も呼んだの?風介はもともとこの世界にいた人間なんでしょ?だったら巻き込むべきじゃないんじゃ…?」
「…実はね、はじめのトリッパー…名前は愛海っていうんだけど、風介は彼女によってもたらされたバグのうちの一つなんだよ」
愛海という名前に体が跳ねる。こんな所で前世の姉の名前を持ち出されるなんて。でもそのことは気にしないように質問した。
「それってどういうこと?」
まずは玲音と僕の事についてだね、と未来が話し始めた事を風介は驚きつつ真面目に聞く。普通信じられないようなことを風介は話されて驚いていたものの、僕と未来の必死の言葉を信じたようだった。そして風介の話に移り変わる。
「元々の"涼野風介"は、クールで優しい性格だった。それは今の風介も一緒だけれど、違うことが大きく一つある。生まれたその瞬間から自我を持ち、大人びた考え方をしていたこと…要は、転生した人間たちと同じような脳内になっていたこと」
未来の言った事が僕にはなんとなく理解できたけれど、風介には理解できなかったみたいで首をかしげていた。
「あのね、転生した人間は、死んだときの思考回路と記憶をそのまま引き継ぐ。玲音も、生まれたその時から死んだときと同じ考え方だったでしょう?頭のつくりが引き継がれるって事。ここまでは分かる?」
「分かる」
間を入れずに風介が答え、僕も「分かるよ」という。
「じゃあそれと同じ現象が風介にも起こったと考えて。ただし風介は玲音と同じ16歳の頭の作りをしている。やけに賢かったり自我を盛っていたりするのはそのせい」
「理解した」
風介がほう、とため息をついた横で僕があることに気がついて深玖にたずねる。
「未来、だったら僕たちの脳は生まれたときから16歳分の年をとって生まれてきたって事?人間の脳って年をとるごとに衰えていくって聞いたけれど、だったら僕たちは皆よりも16歳分早く年をとっちゃうの?」
そう聞けば深玖はちょっと困ったような笑みを浮かべた。
「うーん、僕にもそのメカニズムはよくわかってないんだけど、転生者の脳は生まれた時点ではちゃんと1歳児の脳内のつくりをしてるんだ。君たち二人の脳を見させてもらったけれど、ちゃんと二人とも3歳児の脳だったよ」
科学的ではないと思ったけれど、これ以上は説明されてもよく分からないから質問は打ち切り。そこで初めての深玖による僕と風介への説明タイムが終わって、今はおひさま園を出て車で北海道に向かっている。さっきまで寝ていた所為で起きて目がさえてしまった。未来は運転席に座って20歳の姿で運転している。風介は僕の横で穏やかな寝息を立てていた。
…かわいいなぁ。
「さっきまで風介起きてたんだよ」
未来の声が聞こえてはっと顔を上げて運転席の未来を見ればルームミラーで僕と風介の方を見ていた。未来はふっと前方に目を向けてカーブを切る。急カーブだったみたいで体が左に引っ張られる感覚がした。
「玲音が寝ててつまんないって膨れてたよ。とりあえずジュース一本風介にあげたから玲音も後で飲んでね。クーラーバッグの中に色々入ってるから、好きなのを選んで」
運転席と助手席の間におかれていた鞄を開ければ、普通の鞄だと思っていたそれはクーラーバッグで、中に何本ものジュースと一緒に氷袋が入っていた。炭酸飲料を一本とってプルトップを引いて開ける。ぷしゅ、という音とともに中の炭酸飲料が少しだけ吹き出てきた。
「あ、それからこれ」
前の席から投げられたものは小さな黒いイヤリングだった。「それ、風介とお揃いだから」その言葉に風介の耳を見れば青いイヤリングがついていた。「私からのプレゼント」そう言った未来の耳が赤くなっていて思わず笑みがこぼれる。
「ねえ玲音、君に言っておきたい事があるんだ」
「?……何?」
イヤリングを付けて、炭酸飲料をちびちびと飲みながらぼんやりしていると未来に話しかけられ、ふっと顔を上げる。
「最初にこの世界にやってきた愛海って彼女、君のお姉さんなんだ」
「…大丈夫だよ、なんとなく分かってたから」
小さく呟けばル−ムミラーに映る未来は心配そうな顔だった。もしかして、僕に迷惑がかかるとか思ってるのかな…思い過ごしかもしれないけれど。
「ねえ未来」
呟けば未来の身体が跳ねる。彼女の、僕と似ている髪の毛が揺れて煌めいた。
「僕はこの世界でやり直せて、良かったと思ってるよ。玲名と出会えて、風介と出会えて、おひさま園のみんなと出会えて、本当に自分が幸せだ。だからたとえ愛海に会ったとしても僕は大丈夫。心配しないで…未来」
そう、できるだけやさしく、言い聞かせるように未来にいえば少しの間彼女は無言で、しばらくすると嗚咽が聞こえてきた。
「何泣いてるの」
「玲音が優しすぎるんだよ、こんな馬鹿な僕なのに」
神様がしょぼくれてちゃだめでしょ!と笑えばルームミラーの未来も涙に滲んだ目で笑った。横で小さく動いた風介の目尻も濡れていてこいつずっと起きていやがったなとか思うのはまた少し後のお話。
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