世界はただ残酷だった#3
誰かが、泣いている声が聞こえた。
『**!――僕は僕を、見つけられたよ!』
悲しそうに泣きそうに、なのに何でそんなに君はうれしそうなのか、わからなかった。なぜか涙が溢れてこぼれなくて、どうしてもぼやける白色に手を伸ばそうとしてもその手は届かなくて。
瞬間、世界が崩壊した。
…もしかしたら誰かの為にできたことを、たくさんたくさん捨ててきた。それが本当の事だと信じていて、自分の記憶は完全に自分の物なのだと思っていた。いまここで息をする僕、笑う僕、それから『前の世界で死んだ僕』。
本来いない人間がいる、そんな世界を倖せと呼ぶべきなのか不幸せと呼ぶべきなのか、僕にはきっと、わからない。
くずくずと、一人で鳴いている声を聴いた。此処は何処だろうか、夢だろうか。夢にしてはどこかで見た記憶があった。ふ、と僕は思い出す。最初に、未来と出会った場所だった。だが状況が理解できていくうちにそれとは少し違い、僕のいる場所は木々のうっそうと立ちこめる森の中だと、よりはっきりと認識した。星のちかつく空には丸い月が顔を出し、僕の足元にはぐにゃぐにゃと曲がりくねった道が続いている。そしてその先から泣き声は聞こえていた。
僕は亡霊みたいな、真っ白なワンピースを着ていた。普段ワンピースを着るときは足元がすごくスースーするのに、いまはそんなこと気にならなかった。
まるで操られるように、引きずられるようにその泣き声に向かって歩いて行く。木々の間にある曲がりくねった、小さな消えてしまいそうな道をたどりながら泣き声の主を探した。
進めば進むほど、その泣き声ははっきりと聞き取れるようになってきた。時々何事か呟く声も聞こえる。やがて、開けた花畑にたどり着いた。そこにいたのは人影である。
「…こんな、こんなめ、いやだ」
「どうしたの?」
人影は銀色の髪を持った少年だった。小さな躰を震わし泣く少年は横から見ていて痛ましく、彼は今の僕と同じ、四歳ほどに見えた。
瞳を覆って泣き続ける少年に声をかければ、少年は驚いたようにばっと顔を上げた。その瞬間、少年が覆っていた手が外れて彼の右目があらわになる。
それは、その眼は本来白い部分が黒く変色していた。
僕の存在をその双眼でひしと見つめながら少年はまだ二つの瞳から涙をこぼし続けていた。一瞬驚いたけれどそんなに怖いというわけではない。イラストやキャラクターなどにこういう設定の者たちはよく見るし、ただどうして泣いているのか僕にはわからなかった。
そっと少年の方へ向かえば少年は「く、くるな、」と言って後ずさる。少年のもといた場所にあった花が萎れているのを見ると、よほどの時間此処にいたのだろう。この、夢とも現実ともつかない場所に。
「どうして?」
「だって、こわいだろ?」
「なんで?きみのどこがこわいの?」
「…え、」
純粋な疑問をぶつければ少年は絶句する。「おれの、めが、こわくないの?」そう発せられた少年の言葉に納得する。この少年は自分の黒白目が怖がられるものだと思っていたようだ。「怖くないよ」「ど、どうして?」「…何で怖がる必要があるのか、僕にはわかんないや」「だ、だけどおれのまわりのやつら、みんな、きもちわるいって…」その言葉に僕は眉を下げた。確かにこういった白黒目は子供にとっては怖いのかもしれない。イラストであったものとかも人外が多かったし。
「それでも僕は大丈夫だよ。ねえ、君とお話ししたいんだ。そっちに行っていい?」
「…いい、ぜ」
今度は了承してもらえて、僕は少年のもとへ歩いていく。膝を抱えていた少年は僕が隣に座ると少し肩を震わせたけれどもう瞳は隠さなかった。より近くで右目を見ると少しだけ色が濃い。なるほどオッドアイか。右目は綺麗な赤をしていた。
「綺麗だね」
「…き、れい?」
「うん、その瞳。僕は君のその目、好きだな」
「…すき?おれの、こんな、めが?」
「そんなきれいな目、僕にもあればいいのにって思うぐらい」
僕の言葉に、今まで泣いていた少年からふっと笑みが漏れる。「そっか、…そっかぁ」それはそれは幸せそうに、嬉しそうに笑う少年から目が離せなくなった。そういえばまだ少年の名前を聞いてない。思い立ったら吉日とばかりに少年へ問う。
「ねえ、君の名前は何?」
「さくま、じろうだ。おまえは?」
「僕は八神玲音だよ。よろしくね、佐久間」
そう言えば佐久間は「次郎でいい」と呟く。「こっちこそよろしく、れいん」佐久間…否、次郎はそう言って僕に手を差し出す。その手をとって「わかった、次郎」と言えばその言葉に次郎はほんのりと頬を染めた。
その瞬間、ふわりと巻き起こる風。まどろんでいた夢から覚めるような、はっきりとした感覚が僕を襲う。慌てている次郎の手を握ったまま僕は『目を覚ました』。
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