夢の先には | ナノ

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夢の先には





ーー世界の本当の姿を見てみたくはないかい?
その問いは、夢の終わり。

ーーようこそ、本当の世界へ。
それは、現実の始まりで…終わり。
***
 ピピピピピ、と慣れた電子音が鼓膜に響く。
気だるい体を起こしながら、霞がかる目を擦り慣れた手つきでアラームを止めた。
「……7時半か……」

くわぁ、と欠伸をかみ殺しながら彼女―和沙(かずさ)はベットから体を起こした。
まだ半寝ぼけの頭を何とか起こしつつ、手慣れた手つきでコーヒーを入れ、テレビを付ける。

この春から大学に受かり、晴れて一人暮らしをスタートさせたはいいが、慣れてくると食生活あたりがずぼらになってくる。朝食は作るのが面倒、といった理由でトースト、コーヒーのみと言う見事に栄養に偏りしかないのが定番だ。

母親あたりが知ったら翌日には嫌がらせの勢いで、生野菜がこれでもかと来るに違いない。
有難いが、若いうちには無理である。そのうち、料理もしないとな…とつらつらと考えながら、休日である今日の過ごし方を考えていると、朝のトップニュースに、ふと気になる文字が並んだ。

‘都内の行方不明者ついに100名を超える――‘

半年ほど前――春先に入った頃だったろうか?相次いで、都内で行方不明者が出るようになった。
年齢は10代から50代まで様々。職種・学歴・性別…全く繋がりのない人々が行方を眩ませている。
かくゆう和沙の周りにも、行方不明者がいた。同じ学部の友人や、講師――様々な噂が絶えないが、どうして行方を眩ませたのか、検討がつかないのが現状である。

ーーいや、違うか。
頭を振り、愛用のスマートフォンに目を向ける。

――行方不明者には、唯一の共通点があった。
”解放者:ウァーハイドからのメール再びか”

ニュース画面に並ぶ、その名前に目を細める和沙。
――解放者:ウァーハイド。
目的不明、正体不明、辛うじてわかるのは日本に在住しているらしい事。

そして、ある日唐突にその解放者からメールが届くのだ。
スマートフォンが普及しだしてから、中々使われなくなったEメール。

ウァーハイドのメール…通称:招待状は前触れもなく送られてくる。
――この、退屈な(せかい)から覚めたくはないか…?−−と。
当初はテロか?とも懸念されたが、メールはこの文面以外文字はなく、あるのは解放者:ウァーハイド、と書かれた件名のみ。

クラウドを経由しているはずなのに、警察がどう追っても足取りが掴めずメールアドレスがあるにも関わらず、相手を特定できずにいた。
「謎の招待状メールに、追えない敵。……オカルト版が、盛り上がってそう…。」

某ネット掲示板がにぎわいそうだなぁ、などとくだらない事を考えつつ、愛用のスマートフォンを手に取り、メールボックスを開く。
「メールはゼロ、か……。なかなか、私には来てはくれない、か……。」

ぽい、とベットにほうり投げると、私服に着替るべく立ち上がった。
――二月前、弟が姿を眩ました。

受験生であり、悩みがあったのも確かだろう。しかし、一切の前兆もなしに行方がつかめなくなった。唯一の手がかりはメールボックスに残されていた、件の招待状。
そこには、報道されている様に意味深な一文以外なにも無かった。
ただ、行方不明になる前日珍しく弟からライン経由でメッセージが飛んできた。

――世界の姿を見てくる、と。
意味が分からないメッセージに返信するも、既読にすらならずそして――消えた。

実家の両親も、なんの心あたりもなく、付近で起きた事件もなかった。財布も、部屋に置いたままで、最後に姿を見たときは、コンビニに行ってくると午後6時くらいに家を出た姿。
それから二月あまり…手がかりは一切なく、世間ではさらに行方不明者が続いていた。

「ネットでは好き放題いってるし、……情報はガセネタばっかだし……。」
はあ、と溜息ひとつ。PCの電源を落とした。
失踪するような、弟でもない。恨みをかうような性格でもなければ、交友関係も荒れてもない。
女性関係は……悲しいかな、全くその気配すらなったから、問題ないだろう。うん。
なんて、弟が知ったらほっとけ!!と全力で怒るに違いない事をつらつらと考える。

簡単な支度を済ませ、部屋を出る。
がちゃりと、家の鍵を掛け蒸し暑い7月の太陽に目を細めながら目的地へ向かうべくバス停へと歩を進めた。

ネットに飛び交う、無数の情報。その多くは信憑性にかける、ほとんどデマばかり。
――しかし、ごくごく稀にそこには、真実が紛れ込まれている。それは噂、都市伝説など様々な呼び名に変化し、数多の情報と同じく羅列されていることがほとんど。
そんな、中の一つ。いつから、誰が流したのかは全く不明だが、真しやかに流れているものがここにも一つ。

件の行方不明者にからむ、噂話。
”彼らは総じて、行方不明になる前に、メールを受け取る”
“内容は、知っての通り、解放者からの招待状。しかし”
そこには、とあるURLが記載されている。

それは”ある場所への”地図。受け取った者にしか、見えないそのURL、そこに記載されている場所に、彼らはいる。
「…なんて、噂をたよりに来たけど絶対ガセだよね………。」

溜息一つ、和沙はメモに書いておいた場所……ある神社の前で、肩を落とした。
噂程度、と一蹴できるような情報だが、行ってみる価値はなくはない、と暇さえあれば、ネットでささやかれている、行方不明者に届くとされている地図の場所ーーー根拠はないが―ーその候補地を、虱潰しに回っていた。

第一行方不明にしか見えないURLってなんだ。そんなものが存在するはずがないし、していたら、なんで何で問題になってない。それにこの候補地、行方不明者しか知らないなら、なんでこんなネットにその場所が上がってる。

「……まあ、のこのこその根も葉もないのを真に受けて、こうして巡っているのがここにもいるから、そういう人向けの、質の悪いデマなんだよね。」
わかっていながら、せっせと交通費を払ってきている自分が悲しい。ああ、今月の給料日が恋しい。
ーーでも、何もしないでいることができない。……ここ数日、いやな胸騒ぎが絶えない。

昔から、この手の胸騒ぎがあるときは必ずといって言いくらいに碌な事がない。
ある時は、交通事故。ある時は、窃盗被害、バイト先の火事に、彼氏の二股騒動からの修羅場鉢合わせ……。

ーーー私の人生がトラブル続きのせいで発達した感ともいうべきなのだろうか?
ふるふると頭を振り、余計な考えを払う。今はそんトラウマ染みた過去に思いを馳せている場合ではない。
だが、そんな経験から身についた“これ”は無視すべきではない。

そんな時に、偶然とは言い難い行方不明事件…なにかしなくは、と動きたくなるもの頷ける。かといって、一回の大学生にそんな解決まで導ける様な力もあるはずもなく、こうしてデマをわかりながらも手掛かりを求め、都内を歩き回る日々だ。

「でも……無駄では、ないんだよね。」
指を滑らせ、スマートフォン上で地図アプリを起動させる。自分が回ったポイントには全てピンを立ててある。
ーーここ、二月で回った場所。

「………見事に、23区内にしか、場所がない……。」
ネットのそれこそデマと言ってもいい、情報。なのに挙げられる場所は全て23区内に収まっている。愉快犯あたりがわざと区外の名前を挙げてもいいものだが、調べられた範囲ではネットに区外の名前が上がってはいなかった。

ーー気味が悪いくらい、不自然なまでに、区内に候補地が集められている。
当然、行方不明者は全国に及ぶ。特に集中しているのはここ都内ではあるが……地方に候補地がないのは何故だ?
ネット上でもすでにそれは指摘されている。意見は上がるものの、もちろん何故かはわかってない。だから、こうしてわざわざ候補地、と名が挙がっている場所まで来ては、何か共通点がないか調べているのだが……23区内にある、以外は全く持って何の変哲もない、場所ばかり。

川であったり、工場、観光地、神社、はては学校……ん?
「そういえば……学校って一か所しかなかったような……。」
再び、スワイプし地図を滑る。最後に行こうかと思っていた、その場所をストリートビューで表示する。

「あれ?廃校??」
画面に映ったそこは、今時珍しい木造の校舎。調べて見ると、かなり前に廃校になった校舎らしく今は使われていない。
区内…といっても、私有地にある山の中腹にあるらしかった。なぜ、そんな場所が候補地に。

「まあ時間は有り余っているし、行く価値はあるか。」
息を吐くと、鞄を持ち直し神社を後にする。さあ、ここから最安値で行くにはどうしたいいものか。
***
そもそも、退屈な(せかい)とは、なんの事なのだろうか。
バスに揺られながら、スマートフォンで件の事件に関する記事を読んでいると、必ずと言っていいくらいに目につく、招待状の、文面。
退屈な(せかい)、どうして”世界”、と表記しないのか……まさか、中二病を拗らせたのだろうか。
犯人は引きこもりの中二病患者……ちょっとありえなくはない嫌な予想に、ひくりと、口端が引き攣る。いや、そんなこの世とは色んな意味で一線を画している者に、こんな大規模はことは無理だ。

では、何の意味なんだろう?
うーん、と思考に耽っていると目的地を告げるアナウンスが流れた。
「………また、都内では珍しい……。」

まさに、鬱蒼と茂っている。地方ではさして珍しくもないが、都内でここまで鬱蒼とした森はそうない。某アニメのどんぐり好きの妖精や大きな猫のバスに会える気がする。
「いや、そんな年でももうないか……。」

来年の冬には公然とお酒も飲めるようになるのだ。そんなファンタジックな出会いに期待出来る年齢でもなければ、そんな夢とうの昔に、ないのだと理解してしまった大人だ。

昔はもっと、純粋で素直だったのになぁ自分…。いつの間にか、こんなにすさんでいるよ。
ははーと乾いた笑いを浮かべつつ、さてと目的の廃校を目指し山へと入る。私有地ではあるが、…あれだ、ばれなければいいのだ。幸いに監視カメラもない。
最悪見つかったら、迷いましたとしらばくれよう。

若干ドキドキしつつ、手元の地図を頼りに歩を進める。
「なんか…廃校に繋がる道のわりには、きれいだな……。」

雑草が、かなり少なく、最近…いや、頻繁に誰かか歩いているのか道は踏み固められ歩きやすい。元々は通学路だったのだから、当然といえば当然だが…あそこが学校の機能を果たしていたのは、もう十数年も前だ。

私有地の管理人が、かなり手入れ好きなのか、学校自体に思い入れでもあるのか、あるいはーーー。
「なんて、私もかなり重症でしょ……。」

はあ、と溜息を吐く。こうも手掛かりがないと、人間は情報の切れ端を無理やり繋げたがる生き物らしい。
見えてきた、木造校舎。学校名は…風化し、読めないが辛うじて小学校であったことだけわかった。
「入口はまあ…施錠されてますよね、はい。」
それは、予想の範疇。しかし、ここは廃校舎。しかも、長く放置されている。ならーー。

「当然、ガラスの一枚二枚は、割れてるよね。」
ビンゴ、と言わんばかりに割れていた一階の校舎の窓に笑みを浮かべ、中へ入る。
ばれたら、なんて言い訳しようかな?

不法侵入以外の何物でもない行動に、もはや笑いしかない。そのときは、潔く謝って逃げよう。
ぎしりと音を立てた廊下に、思わず目を見開いた。−−−腐ってない。
建物は、長く使っていないと当然腐敗していく。雨風にも晒されるし、最近は地震だって頻発している。
なのに、ここはまるでーーー。

「最近まで、だれか使ってたみたい……。」
誇りは積もっているものの薄く、蜘蛛の巣などもない。ましてや、廊下、教室、下駄箱に至るまで……気味が悪いくらいに、そのまま残っている。

数日前まで学校としてありました、と言われても不思議ではない。
私有地にある、不気味なくらいにきれいな廃校舎……これは、ひょっとしてひょっとする展開ではないだろうか?

不思議は高揚感に、早鐘を打つ胸を落ち着かせながらゆっくりと校内を見ていく。
見た所、校舎は二階までで、教室の数は5つ程…一階の端は、職員室だろうか。

ぎしぎし、と音を立てながら二階へ上がる。音楽室、視聴覚室…ここは特別教室が集まっている階数らしい。
ふと、色褪せたプレートに”パソコン室”と書かれているのを見つける。
ぎっ、と軋んだ音を響かせながらそのドアに手を掛けた。

「まあ…何にも、ないわな…。」
かつては、PCがならんでいたあろう、机。広くないその部屋からして数台ほどあったのだろう。
かつかつ、と部屋の中を物色していくとふと、違和感を覚えた。

「………?」
何もない、教室。何の変哲もない、机。締め切られた空気は淀み、埃のにおいで充満している。
だけでも、なんなのだろう、この違和感。
この校舎自体が、怪しくもあるが…ここだけ、この部屋だけおかしい。いや…そもそも…。

「なんで、ここだけ私、入ろうとしたんだろ…?」
かつては教壇であったろうそこに立ち、部屋を見渡す。なんか…見落としている気がしてならない…。

んーー?と首をひねりあたりを見渡す、机、椅子、教壇に、黒板……どのクラスにもあった。どこも同じだ。
……んん?待てよ?
はっと、気づきて教室を出る。
階段を挟んだ、となりの部屋…おそらく音楽室か何かであったであろうそこに駆け込む。…やはり、そうだ。

「あの、教室だけ、机が違ってたんだ…。」
パソコン室だけ、机が少し新しかったのだ。他の教室の者机はすべて日焼けし、色が褪せて薄くなっている。しかし、あの教室の机だけ…変えてあった。それに、もう一つ違いがある。

「パソコン室だけ、黒板に寄せ書きがない…。」
どのクラス、どの教室にもおそらく廃校を惜しんで、当時の生徒だろう。様々な思いでと一緒に所狭しと書かれているのに。
「ここだけ…消した、跡がある…。」
黒板のレールに積る、チョークの粉。…消して、そんなにたってもない、のか?

「なんで…ここだけ???」
まるで、誰かが黒板を使うことがここ最近あったように、きれいになっている。

どくどくと、心臓が早鐘を打っている。
ーーどこかで、予感がした。ここに、何かあると…。
ぐっと、もう一度あたりを見渡す。塵一つ見逃すまい、と注意深く。
机は全部で6つ。それぞれ、ここに分かれすべて黒板のほうに向いている。

「机の中は…なんにもなし……。」
新しいものに変わっていること以外は、ほかの教室と大差はない。
やはり、私の思い違いなのだろうか?結果を急ぐあまり、些細な変化でさえも、関連付けようとしているんじゃーー。
その時、だった。

「QR,コード…?」
最後尾の着机の中、覗き込まなければ見つからないその位置に…QRコードが刻印されていた。
どくどくと、心臓がうるさい。
震える手で、スマートフォンを取り出し読み込むにアプリを起動させた。
ー行方不明の事件の、候補地。
ー何故か、綺麗にされている廃校舎。
ーそこで、見つけた、不可思議なQRコード。

これが繋がっていないと思わずに、どうしろをいうのだ。ピピピッと、読み込みが終わった音がなる。
どくどくと、うるさい鼓動にゴクリと唾を飲み込みながら、読み込みが終わった画面に目を向ける。

「……どこかの、サイト…?」
読み込めはしたが、表示されたURLには、”jp”など国名を表す末尾がない。
どこかのサイトへの直通のURLだ。
震える指先で、クリックボタンを押す……。きっと、この先には、事件に繋がる手がかりが………。

「……性格診断テスト??」
ちゃんちゃら、ちゃんちゃんと、軽快なーー若干腹の立つーーBGMをバックに表示されたのは、”入国診断、性格診断テスト”ーーと、質の悪い出会い系サイトにも似た、診断テストのサイト。

思わず、みしりと手ものスマートフォンが嫌な音を立てた。……何が空しくてここまで来て、性格診断テストなんてしなくちゃいけない。
きっとこれは、あれだ。暇と金を持て余したネット住民の誰かが、のこのこ根も葉もない愉快な噂を信じてきたバカ正直な人間をあざ笑う為に仕掛けた、壮大かつ、無駄で、それでいて逆鱗にダイレクトに触れることの出来る、いたずらなのだーーー。
ふふ、と笑みがこぼれた。ふざけてんの???
「なにが悲しくて交通費払ってこんな馬鹿げたゲームに付あわにゃならんのだああああ!!!!」
そろそろ、空が紺色に染まる頃。
悲しい叫びが、山間の中腹にこだました。
***
現実は、得てして上手くは行かないものだ。
なけなしの交通費を駆使して、むかった先でようやく、ようやく手がかりが、とおもってみたら。

「あったのは、無駄に金が使われた、壮大ないたずらのQRコード……。」
ネットに告発して、このサイトあげてやろうか、などと思うがやれば自分の不法侵入がばれる。くそう。

はあああ、と今日一番の重い溜息をつきながら、愛用のベットに寝転んで、スマートフォンをいじる。
画面に表示された、さっきのサイト。せっかくだ、やってみても損はないーー。
軽い気持ちで、問いかけに進む。

Q1:この世界に不満がある?
ーーYES。
Q2:いまの生活に満足?
ーーNO
Q3:あなたはいま、幸せ?
ーーNO。
Q4--

延々続くのかと、思われてくるほどの質問事項。
そろそろ、やめてやるぞ、とイラついてくるころ、最終質問事項、との項目。
QLAST:この退屈な夢(せかい)から、覚めたい??

「これーーー!!!」
思わず、飛び起きる。解放者からの、メールを同じ文言。
偶然?もしくは模造犯??
ーーどっちだっていいや。

「少しでも、わかるならーーー」
乗ってやろうじゃんか、とYES、を押す。
ーーその、瞬間、だった。
ぐら、視界が回る。
驚愕し、頭を押さえ回る視界に動揺していると、ポン、メールが届いた音を鼓膜が拾った。
メールは勝手に開いた。

件名は、解放者:ウァーハイド。
文面はーーーようこそ。現実へ。
そこで、意識はぶつり、途切れた。
***
世界は、思うようにはいかない。
したいこと、やりたいこと、そのすべてになんらかの、課題が生じ、同時に問題が伴う。
「だから、人類は考えた。−−−ないなら、創ってしまえばいいのだと。」
男は、無数のPCが稼働する、暗い部屋でにぃと唇を歪めた。
人が、人で無くなったのは、いつからだったろうか?
山積する、問題に嫌気がさし、逃げ出したのはいったい何時からだったか。
ぴーーーっと、奥の部屋で何かの機械音が鳴った。

ああ、と男は唇を歪めた。
また一人、夢から醒めてしまった者が来たな、と。

***
和沙は、ゆっくりと目を開け……固まった。ここは、どこだ。
目覚めた先は、カプセルの中。ガラス張りで、一人用らしい。

「はっ……?」
わけが、わからない。
さっきまで、一人暮らしの部屋で、気ままに寝そべって、件のサイトの手がかかりをとーー。若干パニックになりながら、体を起こそうともがけば、すんなりとカプセルの蓋が開いた。

「こ、ここは……?」
あたりを見渡せば、どこかの研究施設なのか。同じようなカプセルが無数に並んでいる。
わけがわからず混乱していると、かつかつと、足音が聞こえてきた。

「ようこそ、こんにちは。夢から醒めてしまった哀れな”ドール:和沙”。」
その男は、かなりの長身たっだ。
身なりはお世辞にも綺麗とは言い難く、研究者なのか、白衣を着ている。

ただ、その目がーー眼鏡をかけたその奥に潜む、黒い眼。
色を失った、その双眸がひどく怖かった。
それが底知れない、闇の入り口の様で、追わず後ずさりした。
「あ、あなたは…。」

「ああ、私?うーん、そうだねえ君たちの世界で言うなら、解放者:ウァーハイド、かな?」
本名では、ないけれどね、と口だけで笑い男…ウァーハイドは呟いた。
「貴方が、解放者…?!」
がばっと、体を起こし詰め寄ろうとカプセルから降りるがーー。
がくん、と膝から崩れ落ちる。

えっ?と混乱し、震える両足を見る。−−−自分が、支えきれ、ないーー?
混乱する、様子にあーあ、と声を上げる、ウァーハイド。

「無理しちゃだめだよ。だって君、いま始めてその体で立っているんだから。」
ーーこの、男はなにを言っている…?

「まあ、知らないのも無理ないねえ…いま、覚めたばかりだし?」

「わたし、になに、したの……?!」
はあ、はあ、と息が苦しくなってきた。いったい、何がどうなっている。

「ん?何も、してないよ??まあ強いていうなら、君は覚めてしまった、かな?」
ん―失敗、など意味不明なことを呟いている。彼。

「とぼけ、ないで…!!あなた、なんでしょう?!弟や皆を誘拐してた…!!みんな、は…弟はどこ?!」
はあ、はあ、と息が苦しくなる。
そんな必死の様子さえ、どうでもいいのかウァーハイドは、ん?としらばっくれた様な笑み浮かべている。

「みんな…ああ!!君と同じ覚めちゃった人形ね。それなら、あそこ。」
あそこ、と示した部屋の奥ーー、え?と振り返ったその先にあった”モノ”

「ひっ……!!!」
思わす悲鳴を上げたのは、悪くない。その部屋に積まれている…無数の屍。いや、マネキンように生気のない、人形。

「君たち、ほんっっとに覚えてないんだねぇ?」
けらけらと笑いながら、ウァーハイドは語りだした。

「君たち、クローンなんだよ??」
まあ、僕が作ったんだけどもね、とからりを笑った。

「人間てさー、こう理不尽で、バカで、なーんにも、学ばないでしょ??おまけに、環境破壊するし、末期まで来ても、相も変わらず、だったからさあ。」
創ってみた、と彼は笑った。

「僕が知る限りの、人類の中でも、優秀で、天才って呼ばれてる人のDNAで…君たちを。」
そして試してみた。人工的に、授精させカプセルで成長させ…その間、ずっと架空世界で意識だけは生活させて。

「いろーんな、家庭環境・容姿・能力に分けて…でもねーまあ、実験だし?仕方ないんだけどもね…。」
出てきてしまうのだ、と彼は残念そうにつぶやいた。

「欠陥品?っていうのかな??僕の作ったデータに合わない。行動をする個体が、何個かね??」
だから、と不敵に笑った。
「それらを、はじき出す為に”試験”したんだ。」

かつかつ、と足音が近づいてくる。もう、息が、できない…。霞む視界で、くっと彼に顎を掴まれ視線を合わせられた。
「君は結構優秀で、成人まで行くかとおもったのに…残念だよ。」
はあと息を吐いて、顎を離す。ちかちかと、視界が点滅しだした。

「君には何もしてないよー、ただ、ここの空気は君たちには”汚れすぎてるから”体合わなくて、アレルギー反応を起こしているんだ。何せ、生まれてこのかた、無菌室育ちの完璧なお嬢様なんだから。」

こんな、汚れた空気に耐えきれるはずがない、とウァーハイドは獰猛に笑った。
「ようこそ。現実へ、最後に夢から覚めて幸せだったかな??−−ばいばいNO:29和沙。」

ごとん、と音がした。
ーー見れば、さっきまでにらんでいた彼女が床に伏している。
もう息もしていないだろう。
「おーい、ロボットくんたち、”これ”も運んでそろそろ焼いておいてーー??」

その声に反応してか、無機質な音を立て車の様な車輪を持つロボットが、アームで彼女を持ち上げ、機械的に奥の部屋に消える。

―人類は、今や絶滅寸前。

この部屋は、いわばノアの箱舟。
「優秀なDNA。完璧な容姿。−−今度こそ、創らないとね。」

何事もなかったように、彼はーーウァーハイドは踵を返し、元の部屋に戻った。うなりをあげるPC画面。その一番広い画面には、のどかな生活を送る人々の映像が所狭しと映し出されている。

その傍らに赤い表示で何人かの、名前がリストアップされていた
「んー?欠陥品が増えてきたなーー、これは受精卵段階での改良がいるかなーー?」

かたかたと、キーを打つ。
件名は、解放者;ウァーハイド。
文面は、同じ決まり文句。

「僕が作った、この(せかい)が気に食わないなら、君たちが、欠陥品だよ?」
そのメールは言わば最期通達。同じサイトに繋がるQRコードもあちこちにばらまく。少し不自然な、点も加えて。

メールには、性格診断と題したサイトへのURLを貼る。ここでのテストに合格したら、まだ(せかい)にいられる。
不合格ならーー。

「夢の終わりだよ。君たちも。」
今頃、地上では死の灰が降り積もり僅かに残った人類が骨肉の戦争に興じているんだろう。
そんな、現実に平和は夢から覚めさせらて、そして、現実が始まり…終わるのだ。

彼らは、夢でか生きられられない。いまはまだ。
でも、いずれはー。

ウァーハイドは、うなる無数のカプセル群を見た。
いつかは、ここからアダムとイブが生まれるのだ。そして、本当の現実を生きる”新しい人間”が作られる。

にい、と男は笑った。
点滅する、エラー表示に一斉にメールを送る。
「ようこそ。これが、君たちが望む、ホントウの世界だよ。」



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