シュトヘルは語り明かす | ナノ

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



シュトヘルは語り明かす
五條縁里



 私が今まで見てきたものについて、貴方に語ろう。どうしてって、それは、一つにこうして私の言葉をあなたが聞きたいと思ってここまでわざわざ来てくれたから。それに、炎がまわり、私の命と存在を消すまでのささやかな猶予があるから。
 私を殺そうとここまでやってきた貴方に、私が私の見てきたものについて語ろう。

 さ、どこから聞きたい? すべてのはじまり、と口にされても、それは、何百年と昔のところまでさかのぼらなくてはいけないから、そう、原因になる話はね。ただ、そう、貴方が興味あるところだけ抜き出すとしたら

 ある悪魔が、それは、それは美しい姫に恋をした、という陳腐な童話のはじまりから語ろうか? 貴方は当事者だから、まぁ、そこらへんは知っているだろうがね、それでも、ここからはじめるのが一番いいし、よくわかるはずだ。
 悪魔、それは、世界の敵であり、人類を滅ぼす者。この世に不幸と災い、そして知恵しか与えない。悪魔とは、その存在は神より使わされ、人類が人類であるために愚かな行動を繰り返すための歯止めのようなもの、いつかは滅ぼされる、またいつも滅ぼす、また殺す、生かす、同時に人に知恵と方法を、勇気を与える。その悪魔は退屈していた。何と言っても自分が滅ぼすべきものは滅ぼし、敵対するものはまだ弱く、だから彼は知恵を与えることを選んだ。時折気まぐれに人が求めるままに知恵を与え、その滑稽さを嘲笑いながら進化を促していた。大変勤勉な悪魔であるが、彼は人に興味を持ちすぎた。彼は、そう、近くの国の王が自分の国の永遠の国を願いにきた、その願いを叶えるかわりに、その王の娘を欲しがった。なぜ、気まぐれだったのだろうね。または、本能が。運命が、そうさせた。姫は差し出された。まだ十にも満たない生娘がね。残忍ではないか。平和のためだけに、または国というもののために差し出されたお姫様。ああ、けど、娘は黒髪だったんだ。この国では黒は不吉だった。それも一つの原因だったのかもしれない。上に子はたくさんいたことも、姫が病弱であったことも、幼かったことも、声が出ないことも、なにもかも悪魔に差し出すにはちょうどいい子どもだった、というだけのこと。悪魔はそれを引き取り、王に国の永遠を約束した。ここで注意するのは、悪魔の加護というものは大概にしてろくでもないということだ。それも言葉でやりあってはいけない。
 悪魔は、国の永遠を約束した。それが平和である、裏切りもない、平和である、というどこにも保障はないというのに。ただ国が栄えることだけは保障された。悪魔の加護であり、祝福だ。
 そして。
 引き取られた娘は悪魔のものとなった。悪魔は大変に優しかった、と聞いている。文字すら知らぬ娘に、文字を、魔術を教えていったそうだ。
 悪魔は、寂しがり屋だったの、と姫は教えてくれたよ。きっと、一人で何百年と生きるのは、寂しかったのだろうね。だから、人などというものに興味を持って、愚かなことをしたのさ。
 そもそも、神はなぜ悪魔なんぞを人に差し向けるのか。きっと、退屈していたのだろうし、自分への忠誠を試したいのだろうね。
 神は嫉妬深い。
 己以外を崇め思うものには天罰を与える、と口にしているくらいだ。
 だから、人にも、悪魔にも、自分以外を崇めるか、求めるか、どうかを常に試すのさ。嫉妬狂いの神はそうして試しながら自分を求められて安堵するのかな。それでも、もっともっとと疑い、求めて、満たされないのかな。
 悪魔と姫がどういう関係となったのかはわからない。ただ姫から聞いた限り、悪魔は寂しがり屋だったそうだ。そう、自分を引き取り、育ててくれる程度には、そんな自分を愛して、子を設ける程度には。
 悪魔は、姫を孕まさせた。
 そして生まれたのが化物。
 そりゃ、そうだ。人は神によって何者ともまじりあうことのできる万能さをもっている。悪魔は同種族、またはそれ以外では人と混じりあえる――ただし、その子は恐ろしき化物となる、という古来からの記述にものっている。ここらへんも、神の嫉妬のなせるわざだと思うがね。
 しかし、
 嫉妬の神も思わなかっただろうに
 姫は我が子を愛した。悪魔も、またそうだ。黒い毛におおわれた、大きな黒山羊のような子どもを、二人は愛したそうだ。見た者がいうには大変に仲のよい家族だっそうだよ。まぁ、意見はわかれるがね、姫は黒山羊の化物に襲われていたとか、黒山羊は姫を喰らおうとしていたとか……けれど、とってもまともな意見では、姫は我が子を大変、大切にしていたし、知恵遅れの化物の子は――まぁ、生まれて間もなく、見た目だけはでかい赤ん坊だ。それはママ、ママと姫にすりよっていた、そうだしね。悪魔はそんな二人を見てどう思ったのか。子をまともにするためにも、彼は知恵を求めて旅に出たそうだ。
 その結果。
 悪魔の留守を預かる姫は、悪魔のかわりに持てる知恵を使い、人を助けた。姫からみたら悪魔は人助けをしているように見えたのかな。または、本当にそうしていたのかは不明だが。
 そうして姫の噂が広がった。それは彼女の生まれた国の王にまで噂が広がった。王は思ったのさ。かわいそうな、私の末の娘はとうとう、悪魔に使われている! 助けてやらねば!
 なにをほざくか、この鈍ら王め。と私は思ったものさ。だって、お前があの子を悪魔に差し出したのだろうに。そのかわりに国は栄えた。が。裏切りは裏切りを呼び、不正、憎しみがはびこっていた。
 悪魔は永遠を約束したが、平和は約束しなかった。永遠のかわりに、人は人を信じる心をなくし、戦争と、裏切りと、腐敗を。それでも、国は亡びることはなかった。どんなことがあっても。悪魔の加護のもと。永久が約束されていたから。
 王は悲嘆していた。妻は裏切り、子も殺され、度重なる戦争によって栄える我が国の、醜さに。
 もう、疲れた。
 たった一言だった。吐き捨てるように、なにもかも捨ててしまうように、そう呟いた王は。
 娘を求めた。
 というよりも、自分の不幸を悪魔のせいにしたくなったのさ。もしくは娘のせいだと。自分だけがどうして不幸なのか、自分だけがどうしてここまで追い詰められているのか。自分が求めたことだというのに。なんて身勝手? それが人だろう。神様が愛し、作った。だから神は人を信じず、常に疑い、試すのかもしれない。自分と同じで身勝手だから。
 まぁ、だから。
 王は娘を求めた。悪魔がちょうどおらず、評判の魔女となった娘を奪いにいったのさ。永遠の幸せをくれと叫んでね。けど、そんなことは娘には出来ない。幸せの定義というのはそれぞれ違う。永遠を作ることは出来ても、栄えることを作れたとしても、幸せとはその人間にしか作れないものだと、そう反論した娘に王は数多の血を啜り、奪い取った凶悪な兵を差し向けた。そんな兵から母を守ろうとしたのはバケモノだった。知恵遅れの甘えん坊の、図体だけでかい息子だ。それでも普通の人間よりはずっと強いさ。ただ数で押し切られてはどうしようもない。血まみれになった息子を見て母である娘は狂い叫んだ。息子を助けてくれ、とね。だったら永久の幸せをと王は告げ、そんなことは出来ないと娘か言えば、鎖でつなぎ、閉じ込めた。自分の城の最も高い塔の上に。娘はえいえんと泣き叫んでいた。息子はどうしたのかと、夫に助けを求めた。ただ、夫はその場にはいない。どんな強い力を持つものであっても、万能ではないのさ。遠くにいるゆえ、なにもしらない悪魔。
 皮肉なものさ。
 
 ただ人には身勝手だが情はある。どれだけ永久が成立する国でも人の命は限りある。自業自得の病にかかった王は自分の命が切れる、という手前で娘に懇願した。国を継いでくれ、とね。泣き叫び、呪いしかない娘は王のその言葉を
 受け入れたのさ。
 玉座に座り。
 王冠を被り。
 娘は王となった。
 なぜって、そりゃあ――復讐だよ。

 娘が父親に引かれて外に出てはじめてみたものはなんたと思う? 我が子の生首だよ。さらしものにされ、石を投げられ、唾を吐かれた我が子の生首さ。まぁ、人によっちゃ、悪魔の生首、バケモノの生首。それが、まだ泣いているんだよ。母を恋しい、恋しいと、娘はそれを見たとき、広場にさらされ、疎まれた我が子を見たとき、人を憎むことを決めた。我が子の生首を抱き、彼女は人を殺しに殺しまわった。夫である悪魔はまだ帰らない。永久を知るゆえに時間を忘れた悪魔は人の心の変わりと変化に疎かったのさ。そうして、魔女は今宵、討たれた。魔王だの、魔女なのだと罵られ、人のすべてを敵に回し、災いを振りまき、血を流した女は死んだ。
 君が殺した。
 悪魔。
 人に災いと敵対する者であるが、それでも人を生かす者である君は彼女を殺さなくてはいけなかった。
 彼女は死ぬまで玉座に腰かけ、我が子の生首を抱いて、君を待っていた。
 悪魔。
 わたしのあくま、と出会ったころのように、子どものように笑い。君に心臓を貫かれた。可愛らしいことではないか。黙れ? 語れと言ったのはお前だろう。
 私は椅子。
 私の名は玉座。
 数多の王を選び、座らせ、時間を見てきた。私はあるいは茨。民に縛られ、国を守ることに人生を捧げ、多くの欲と、悲しみと血と叫びを吸って生きてきた。私は重石。たった一人の人間を縛るための。国と民と義務の重石。
 ああ、または

 私の名は、悪霊。
 多くの民の懇願、刹那、理想という名の、悪霊――シュットヘル。

 もう、炎も回ってきたようだ。私は燃えて灰となるが。なぁに、大丈夫。悪魔、あなたがこの国の永久を約束したんだ。すぐにまた再会するよ。



戻る