やだなぁ、玄関開けたくないなぁ。この状態で取っ手に手をかけて、既に3分は経過しているだろう。

火曜日は真太郎の方が講義が早く終わる。だから当然私より帰ってくるのが先で、今ごろ出された課題でもやっているんじゃなかろうか。

早く晩御飯の用意をしないと。今日は焼き魚と味噌汁と昨日作っておいた煮物とご飯。高尾君も誘ったけど遠慮された。私のピンチヒッターより新作ゲームを取ったのだ、酷い奴め。

こうしてぐだぐだと悩んでいようがいまいが、どうせ家には入らなければならないのだ。覚悟を決めろ私。

意を決して玄関のドアをガチャリと開けた。


「た、ただいま〜」


返事がない。ただの屍のようだ。

心のなかでそう言いながら、自分を落ち着かせる。私の声が届かないのは当然だ。ドアが一枚隔たっているのだから。

リビングに通じるドアを開けてもう一度ただいまと言うと、シャーペンでカリカリと何かを書いている手を止めておかえり、と真太郎が返してくれた。


「晩御飯すぐ作るから、待ってて」

「ああ」


話してみれば、案外普通なものだった。私の緊張は何だったんだ、という程に。
とりあえず洗面台に行って入念に手を洗った。

リビングに戻ると、真太郎がキッチンでお茶を入れていた。


「休憩?」

「いや、お前のだ」

「私の?なになに、淹れてくれたの〜?うふふ」

「気持ち悪い笑い方をするな」


些細な事で口がにやけてしまう。ゲンキンな女だと自分でも思う。休憩がてら真太郎の入れてくれたお茶を飲み干したあと、晩御飯の準備を始めた。


出来上がった晩御飯を机に並べて、共に手を合わせていただきますと声が被る。それだけでも嬉しい。


「美味しいでしょ」

「ああ」


真太郎は恥ずかしがってなのか、自分から美味しいとは言わない。もしかしたら本当に不味いのかもしれないけれど。いや、うん、まぁそんな事は無いはず。


「課題多いね」


テーブルの脇に置かれた教科書やらノートやらをちらりと見て、真太郎に言った。


「いや、これは……」


少し言うのを躊躇うように、不自然な間があいた。


「頼まれたのだよ」

「頼まれた?……え、俺の変わりに課題やっとけよみたいな!?」

「違う」


呆れたような顔で即答した真太郎に、胸を撫で下ろした。真太郎がそんな目に会ってたなら私は怒りで暴れていたかもしれない。いや、暴れていたはちょっと言い過ぎた。


「勉強を教えているだけなのだよ。そのための、分かりやすくまとめたノートだ」

「勉強教えているんだ、凄いな〜」


そう言いながら箸を進めていると、真太郎の手が止まり何処か一点を見つめているのが目に入った。


「どうかした?」

「……いや、何もないのだよ」


どう見ても何もないようには見えない。私は頭にハテナマークを浮かべることしか出来ないでいた。
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