the irony of fate | ナノ


イライラとモヤモヤが入り交じって気分が悪い。

私は未だにトイレに籠り、込み上げてくる嗚咽と戦っていた。生理的な涙がポロリと落ちて、そしてまた溢れる。拭っても拭っても、嗚咽をもらす度に出てくる涙を私はもう放置することにした。


「はぁ……ぉえっ」


出せるものは出してしまったし、胃液のせいで喉がじんじんと痛い。

赤司くんは今も外で待っているんだろう。その姿を思うと申し訳なくて、早く戻らなければと焦る気持ちがさらに気分を悪くさせた。

もう、さっきの事を思い出したくなかった。


ドクドク鳴ってる心臓を治めようと、深く息を吸って、吐く。それを何度か繰り返した。


「あの、大丈夫ですか」


いきなりドアの外から聞こえる声に体がびくりと跳ねた。


「気持ち悪いんですか?救急車とか読んだ方がいいのかしら……」

「っ、いえ!大丈夫です!」


慌ててトイレを流して、ドアを開けた。

するとそこには、携帯を取りだし今にもかけようとしている40代くらいのおばさんが居た。


「すみません、ご迷惑おかけしました」

「本当に大丈夫なの?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


ペコリと一礼して、手洗い場で手を洗う。そして少し嫌だが、やらないよりはましだと思い水を口に含み、口の中の気持ち悪さを吐き出した。


「ふぅ……すみません、ありがとうございました」

「いいえ」


もう一度お礼を言ってから、私はトイレを出た。小走りで、赤司くんが待っているであろう場所まで行く。

しまった、鏡で顔を見てくれば良かった。そんなことを思っていたが、今さら戻るわけにもいかず。静かに空を見上げ佇む赤色が見えたとき、無性に泣きたくなった。


「赤司くん!」

「名前。お帰り」

「ご、ごめんなさい。待たせちゃって」

「いや、……名前、顔色が良くない」

「え?あ、えぇっと。久しぶりに外に出たから……」


苦し紛れの言い訳だが、十分な理由になっていた筈だ。現に赤司君は疑いを持たずに納得してくれていた。


「あまり、無理をさせたくはないけど……そうだな。彼処にでも座ろうか」


赤司君の視線の先にあるのは赤茶色のベンチだった。丁度、座っていた人達が何処かへ行ったらしい。私たちはそのベンチの場所に少し急ぎ足で行き、座った。


「名前に、この前話した事は覚えてる?」

「あ……あの、夢に飛べる話だよね?」

「ああ。……名前への興味は、そこから来てる」


正直まだ半信半疑だった。それでも信じようと思う気持ちがあるのは、赤司君に惹かれているからなのか。それは分からなかった。


「君に、名前に会ってみたいと思ったんだ。会ってどうしようなんて考えていなかったんだけどね……」


薄く笑う赤司君を隣で見ていると、ふと周りが気になった。

……ああ、そうか。どうして今まで気付かなかったんだろう。赤司君は、とてもかっこいい人だったんだ。

道行く女の子の視線が赤司君に向いているのに気が付いて、とても居心地が悪くなると同時に、やきもちに似た感情が沸き上がっている。


「名前に会えて良かったよ」

「え?」


それはまるで、別れの言葉のようで。もう一緒に居られないと言われている気がしてならない。

妙な緊張が私に走った。


「僕はね、」


遠くに行ってしまうのは、嫌だ。
私はいつの間に、彼に執着してしまうようになったのだろうか。次の言葉を聞くのが恐かった。手に力が入って、爪が掌に食い込んでいる。

だけど、赤司君が紡いだ言葉は私が想像していた言葉とは全然違った。

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -