the irony of fate | ナノ


お母さんは、私の登校拒否の理由を聞かない。それはお母さんなりの優しさだった。


「赤司君、とても格好いい子ね」

「うん」

「ご飯おいしい?」

「うん」

「良かった」


私は相槌をするだけ。お母さんも、私がはい、いいえで答える質問をするのがほとんどだ。

これが私達のいつもの会話。

うん、ううん、それしか言えない私。お母さんが話し掛けてくれているのに。それがいつも申し訳なくて、今度こそは、今度こそはと思っているのに結局いつもと変わらない。

静かな食事だった。

ふと視線をずらした。その先には子機が置いてある横にある、家族写真。三人笑っている。とても幸せな写真。 家族の前では笑わなくなった私の、最後の家族写真。


「ごちそうさま」

「はい」


今日も、美味しかった。

そう心のなかで呟いて、お皿を流しへと持っていく。


私の家はすごく幸せなんだと思う。お父さんもお母さんも仲が良くて、私を目一杯愛してくれて。私も二人が大好きだ。それは今でも変わらない。

私から距離を置いているだけで、何も変わってない。

ソファに腰をおろしてテレビ番組をぼんやりと眺めた。


「名前の感情的な所、久し振りに見たわ」


隣に座ったお母さんは、微笑みながらそう言った。


「友達なんかじゃないって」

「……」


ああそういえば、家であんなに叫んだのは久しぶりかもしれない。


「お父さんとお母さん、よく話してるの。名前がまた元気に話してくれたら、笑ってくれたらって。私もお父さんも、名前が大好きなのよ?」


わかってるよ、お母さん。私を大切に思っている気持ちはいつも気付いてる。


「話したくなったら話せばいいわ。理由があるのは分かってるから」


その優しさに歩み寄る勇気が無いだけ。


「あなたの母親だからね」


でも、ほんの少しだけ。私に勇気を下さい。


「お母さん、」

「……!なに?」

「その……ご飯」

「ご飯?」

「いつも、美味しいって思ってる。……あ、ありがとう」


今の私の精一杯の勇気。


恐る恐る顔を上げると、少しだけ目に涙を溜めて、笑うお母さん。


小さな勇気は、私の日常を変えた。

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