婚約破棄 == == == == == 「わたくし、本日この時をもって、シュナイゼル・エル・ブリタニア様との婚約を破棄させていただきます!」 超合衆国本部、首席補佐官の机に必要書類を叩きつけたレイシーは、返答を聞くこともなく出て行った。 その達成感に満ちた顔に、誰も引き留められなかった。 そこで働く誰もが口をつぐみ、妻となるはずだった女性に捨てられた男を心配そうに見た。 男、シュナイゼルは茫然としていた。 2人が婚約したのは学生時分。 政略によるものだったが、仕事にかまけてこの十数年間、婚約者を放置していた。 それでも社交界のパートナーは必ずレイシーに頼んでいた。 だから半分、忘れていた。 婚約段階という中途半端な関係であることを。 「あの…シュナイゼル様…? どう、なさいますか……?」 長年副官として仕え、今では次官のカノンが問う。 2人のことをよく知っているだけあって気まずそうだ。 「……どう、というと?」 「レイシー様とのご婚約の…解消をです」 婚姻の約束しているだけだから、法的拘束力なんてなく、裁判なんて起こさなくても片方がつっぱねるだけでいい。今みたいに。 何より十何年も放置していたのはシュナイゼルの方だ。 そもそも、婚約を決めた彼女の実家がもうないのだから、従う必要もないのかもしれない。 だが、男に非があると言っても、レイシーのことをずっとパートナーだと思っていたシュナイゼルには唐突で酷な話に思えた。 どんな噂があろうと、不義を働いたことはなかったのだから。 「……今は職務中だからね、私的な問題は後で…」 あくまで公人たろうとする上司。 だがカノンは抱いた危機感を無視できなかった。 「ですが恐らく、その頃にはレイシー様はどこかへ出奔されて話し合いどころではないかと……」 シュナイゼルは押し黙った。 カノンは知っている。 かつて皇族であった目の前の男は、レイシーが隣にあり続けることは当然だと考えていることを。 その地位を失って尚、それが変わらないと思っていることも。 だが決心した女性は強い。 それこそ男なんて必要としないほどに。 だからこそ、今がどれだけ危機的状況か分かる。 このまま後回しにすれば、確実に上司はレイシーを失う。 いや、レイシーに捨てられる。 時は既に遅いかもしれないが、最後のチャンスなのだ。 「……エントランスの警備の者にレイシーを外へ出さないように伝えてくれ」 彼にしては随分と長考し、下した判断。 「すまないが私は早退させてもらうよ」 元、婚約者と同じように返事も聞かず、足早に立ち去る。 世話の焼ける上司の判断にほっとしながら指示を実行する。 「(たまには男にならないと駄目ですよ、殿下)」 == == == == == == == == == == 「また婚姻を先延ばしですか」 「厄介な仕事が舞い込んだからね。レイシーにはもう話したよ」 「……よろしいんですか?」 「レイシーは私の立場も公務のこともよく理解してくれているよ」 「そうだとよろしいですけど…」 | → |