meets E.T. - 1/2


side. N / 4 years ago



【hide-out】のオープンは、忘れもしない、4年前の6月17日。梅雨真っ只中の季節で、ロマンティックなことに、自分の誕生日の日だった。
バーテンダーが独立して自分の店を持つ場合、オープン初日はもちろん、前日のプレオープンには盛り上がりを見せるのが当たり前。
でも、金を稼ぐことを一番の条件と信条にしてる俺は、良い意味でも悪い意味でも一匹狼で、多くの店のようにはならないのは当然のことだ。



『ここって、セレクトショップじゃなかった?』

「…はい?」



それなのにオープン初日、天気は予報通りの雨。22時の開店から約20分経ったあと、初めてドアベルが鳴る。
俺が声をかける前に飛んできた言葉は、極めて異質で、予想していたものとは程遠かったけど。



『セレクトショップ。海外のアクセサリーとか、バッグとか取り扱ってた』

「……」

『名前忘れたけど、そういうカンジのショップじゃなかった?』

「……」



いじっていたトランプカードを弾きながら、目の前の女の質問の意味を考える。
海外から帰国し、自分の店を持とうと決めた時、どんな些細なことでも妥協をするつもりはなかった。金を稼ぐのが目的なら、それに見合うものが必要だと、俺は思うから。
だからこそ、この店の酒も、酒を作る技術も、グラス、カウンター、照明、BGM、全てに価値があって拘りがある。この店の場所だって、例外じゃない。



「前までは、“そういうカンジのショップ”だったよ?でも、今日からは俺の店で、バーなの」

『! 、バー?潰れたの?それとも、買い取ったの?』

「買った。奪い取ったの」

『そう…』



独立して店を持つんだったら、少しぐらい敷居があって、ちょっとやそっとじゃ見つからないぐらいの場所がいい。
その俺の希望にドンピシャだったのがこの場所で、この女が言う、“そういうカンジのショップ”だった。だから、ムリヤリ買い取って、追い出して、奪い取った。
俺がそう説明すると、確認するように、店の中を見回していく。


恐らく、他のバーよりもライティングは暗めだし、今日がオープンだと言うくせに客が1人もいなければ、普通の女だったら引いてもおかしくない。
でも、そんな様子にも俺の不躾な言葉にも、不思議にその瞳に恐れるような色は見えなかった。



「…てか、何?あんた、あの店の常連だったの?もしかして」



また上の深いオーバーサイズのボトムスは、トップスとお揃いのプラダのブラックデニム。
左腕には色とりどりの太めのバングルをジャラジャラ付け、右腕には5連になったパールのブレスレット。そして首にも、約400センチはありそうなパールのネックレスを、何重にもして巻き付けている。


ストリートでシックなその装いは、きっとバングルは服と同じプラダの物で、大きさが異なるパールが交互に連なるブレスレットとネックレスは、きっとシャネルだろう。
一見簡単そうだけど、なかなかこんな着こなしが出来るヤツはいないし、金はかかってるけど、デニムでまとめてるせいか、いやらしくない。
なのに、この女が前の店をこうやって訪ねてきたのならば、かなりの違和感だ。



『それって、“あんな悪趣味なショップを誰が必要とするの?”っていう意味?』

「そーねー。ついでに言うと、“あんな悪趣味なショップは無くなって正解でしょ?”っていう意味でもある」



俺が場所を奪い取ってやったセレクトショプは、お世辞にもセンスの良い店ではなかった。
海外で厳選してきた物ばかりらしいけど、そのテイストは独創的すぎるというか、気味悪いというか、とにかく見た瞬間即座に、抹殺すべきだと思ったのを覚えてる。
なのに値段はバカ高いんだから、ある意味、俺は正義のヒーローだ。なんの躊躇もなく、その店を終わりにしてやることが出来た。


だからこそ、プラダやシャネルでキメているこの女が、あの店に縁があるとは到底思えない。あるとしたら、よっぽどファッションに対して柔軟か、頭がおかしいかのどちらかだ。
でも、俺の質問に毒っ気たっぷりに質問し返してきたのを見るに、やっぱり縁は無いんだろう。



『確かに趣味は最悪だった。無くなって当然だと思う。でも、今の私にはどうしても必要だったの。せっかく、プレゼントにしようと思ってたのに!』

「? 、あんな気持ち悪いやつを?」



どう考えてもプレゼントにはならないだろう、という意味を込めて言ってやる。でも、返ってきた言葉は質問の意味を理解しているとは思えなく、実際、俺も理解するのに少々時間がかかった。
もしかしたら、本当に頭がおかしいのかも知れない、この女。



『いいの。パパの後妻の誕生日に贈るやつだし』

「は?」

『あれぐらい気持ち悪くないと意味無いじゃない』

「は…?」

『一応プレゼントだから文句は言えないだろうし、あれぐらいのがちょうどいいの』

「“ちょうどいい”…」

『なのに、来てみたら店自体が無いんだもん…。せっかくグーグルで調べて、わざわざ足を運んだっていうのに!』

「“グーグル”…」

『ねえ!他にああいうカンジの物を取り扱ってるお店知らない?パパの手前もあるし、プレゼントは贈っておかなくちゃいけないの。それか、』

「“それか”…?」

『なんでもいいから、改装する際に残ってなかった?あの悪趣味なアクセサリー』

「……」

『この店のどこかに』



最初は2メートルほど離れていた場所で会話をしていたのが、今やこの女が立っているのは、俺の目の前。腰を屈め、カウンターに頬杖をつき、真っ直ぐに目を合わせてくる。
俺も客商売をやっている割に態度は良い方ではないけど、この女は俺以上に、色んな意味でおかしい。色んな意味で、間違っている。



「…仲悪いの?あんた。その親父の再婚相手と」

『まあね』

「…でも、プレゼントはしなくちゃいけない?」

『だってパパのことは好きだから』

「…で、なんとか妥協して、あのアクセサリー?」

『無駄に高いところが、また良いでしょ?無下に出来ない感じが』

「で、それを…」

『それをグーグルで調べてここまで来たの。でも、店がバーになってた。だから今、あなたに色々訊いてるの。………これ、何の確認?』



あいた口が塞がらないっていうのは、こういうことを言うんだろうな、きっと。
今までバーテンダーとして色んなタイプの人間と接してきたつもりだけど、リアクションに遅れをとったのは初めてだし、自分の予想を超える言動をするヤツに会ったのも初めてだ。
発する言葉の節々に感じる違和感。でも、それが多すぎて、ツッコんでやりたいけど、逆にツッコめない。
しかも、さもそれが当然とばかりに笑顔を向けてくるんだから、天使なのか悪魔なのか、見極め辛いところがまたタチが悪い。


だから、俺が分かったことは二つだけだ。



『?』

「……」



一つは、この女がイカレているということ。
他の女というどころか、他のどんなヤツとも違う、奇妙で、ぶっ飛んでいて、まともじゃない人間だということ。



『聴いてる?』

「あ、ああ…」



俺を見つめる瞳は、相変わらず恐れ知らずといった感じで、やけに堂々としている。身に纏っている服も空気も、決定的に一般人とは違う。
それがこのイカレた部分からくるものなのかは分からないけど、俺が求めているものを持っているヤツだということは分かった。


…これが、二つ目。



「…あ〜…。そう、だなぁ…」

『?』

「…もしかしたら、裏の保管庫に残ってたかも。…前の店のアクセサリー」

『! 、ほんとっ!?それ、譲ってもらってもいい?』

「どーぞ?どうせ、処分に困るだけだしね。…でも、一つ条件がある。俺にも都合があって、タダでやるわけにはいかないのよ。それぐらい、あんたにも分かるでしょ?もちろん」

『…!…何?お金?』



金を稼ぐんだったら、どんなことでも妥協をするつもりはない。酒も、技術も、グラスも、場所も。
…それに、“客”だって。



「んふふふ。それもいいけど、今はいいよ。…そういうのは、後でいい」



直感ではある。でも、絶対にこの女がいれば、飽きずに店を続けていける気がしたし、稼げるとも思った。
この数分間で得た二つの事実は、俺にそう思わせるのに十分だった。


だったら、その為には妥協はしない方がいい。迷わないで、すぐに行動した方がいい。
こういうヤツとは手を組んだ方がいいし、俺が理想とする店に作り上げることが出来る。求めているものが、確実になるのだ。



「一杯。…俺の作る酒、飲んでって?たぶん、他の店より値段は高いけど、その価値はあるからさ」

『いいけど…。随分、自信あるのね?』

「まーね?」



そう言ってニヤリと笑うと、女も眉を上げ、不敵な笑みを返す。
物怖じもせずにカウンターの椅子に座り、“じゃあ、コスモポリタンをお願い”とオーダーするのを見て、妙にワクワクした。
棚からウォッカ、ホワイトキュラソー、ライムジュース、それにコスモポリタンに必須であるクランベリージュースを用意していると、女が声をかけてくる。



『バーテンダーさん、名前は?私、杏奈。夕城杏奈』

「杏奈…、ね…」



耳を澄ませば、まだ外は雨が降り続けていて、少しずつ夜が更けていくのが分かる。きっと、今日の売り上げはこのグラス一杯分だ。
オープン初日としては最悪の状況だけど、それでも、俺の店にとっては決して悪くは無い。決して。


カウンターの方へ振り向けば、【hide-out】の最初の客である夕城杏奈と目が合った。



「二宮和也。…宜しく」



雨の日のオープン日。売上は8千円で、最初のグラスはコスモポリタン。
信仰心なんて無いけれど、こんな好奇心をくすぐってくれるヤツが来店したんだ。ありがたく、受け取っておこう。


誕生日プレゼントとしては上等だよ、神様。





meets E.T.

(一杯分の価値も、一生分の価値になり得るんだってこと)





End.


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