a Green Xmas. 12/24 ('10) - 1/4
太陽の光が眩しくて、思わず目を閉じた。そのまま暗闇の中を彷徨っていると、懐かしい声が聞こえるような気がする。 いったい、いつからこんな風に白日夢を見るようになったんだろう。最近は、昔の夢を見てばかりだ。
「杏奈?どうかした?大丈夫?」
『…!…、雅紀…』
呼ばれた名前に意識を取り戻すと、雅紀が心配そうに私の顔を覗きこんでいた。 その瞳が余りにも綺麗で純粋で、自分との違いに、卑下したくなる衝動に駆られる。
『なんでもない…。気にしないで』
「そう?なら、いいけど。ひゃひゃ」
そう言うと、笑顔で2人の間に広げていたサンドウィッチを手に取り、口に運ぶ。公園の階段に座って食べるランチは、少し新鮮だ。 テイクアウトしてきたコーヒーを飲むと、今度こそ夢から目が覚めたような気がした。こんな感覚に襲われるのは、ここ最近では、当たり前のことになってきてる。
「ねえ、杏奈。最近、クラブに来ないね?なんかあった?」
『別に何もないけど…。ただ、ちょっと気分がのらないだけ』
「そっか…。なんか、杏奈がいないから寂しくて。ひゃひゃ」
『ふふ。…変なの。雅紀だったら、声掛けてくれる女の子も男友達も、たくさんいるでしょ?』
「そう、だけど…」
雅紀とは、3カ月前にとあるクラブで知り合った。 モデルのようなスタイルの良さと、飾り気のない人柄で、他の女の子たちからも頻繁に声を掛けられるような人。それなのに、顔を合わす度に1人でいる私を執拗に構ってくる。 でも私は、以前に出会った潤とは違う、自分にとって真逆のような雅紀が、少し怖かった。
どうして、私のそばにいるのか。どうして、そんな笑顔を向けて来るのか。どうして、私と関わろうとするのか。 こんな風に、バイトの休憩時間を狙ってまで会いに来るほど、私には価値なんて無い。 何より雅紀といると、その綺麗な瞳をいつか自分が汚してしまう気がして嫌になる。凄く怖い。 現に、最近クラブへ行っていない理由は潤に甘えているから。こんな私を知ったら、きっと幻滅されると思う。
もしかしたら、もう、知っているのかも知れないけれど。
「でも、良かった。杏奈と一緒に、こうやってランチ出来て。ピクニック気分で楽しいし、こういうのもたまには良いよね、つって!」
『ふふ…。うん。こんな明るい内に雅紀に会うのは、なんだか不思議だけど』
「ひゃひゃひゃ。いつもは夜だもんね?」
それでも、いつの間にか打ち解けているのは、相手が雅紀だから。怖いと思うのと同時に、一緒にいたいと思うのは、雅紀だからだ。 だって、一緒にいると、凄く平和に時間が流れていくような気がする。 あの、虹が出来ることが無かった雨が降る日や、いつの間にか独りぼっちになっていた時のことを思い出しても、雅紀といれば気が紛れたし、バランスを保てるような気がした。
「あっ!?ねえ、見て見て、杏奈!!」
『? 、……!…』
そう。こんな風に、昔のことを思い出したとしても。
「四つ葉のクローバー!」
『………』
「凄くない?俺、初めて見つけたかも!ひゃひゃ!」
階段脇の芝生と紛れて、一緒に咲いていたシロツメクサ。 その中に四つ葉のクローバーを見つけて、雅紀がテンションを上げる。そして私の意識は、また白日夢に連れて行かれる。
“ねえ、ニノ。今の私を見たら、ニノはどう思うかな”
『シロツメ、クサ…』
「え?」
『昔、友達の誕生日に、押し花にしてプレゼントしたの。懐かしいな、と思って…』
「へえ…」
『うん…』
ここ最近、昔の夢を見るのは、きっとニノのせいだ。ニノがいなくなってから、自分の世界がまた崩れて行ったから。 最初のうちはやり取りしていたメールや手紙も、施設の先生たちに、新しい生活を始めてるのだから控えるように、と連絡も出来なくなった。そして気付いたら、今のような日常を送るようになってる。私。
こんなにも月日が経って、こんなにも変わっちゃった。からかうような声も、繋いでくれる手も、何もない。 あるのは、誕生日に貰った黒いキャップと、最後に交わしたメールの言葉だけ。
“寂しくなったら、全部、俺のせいにしていいから”
『…っ、…』
「杏奈…?」
孤独を感じる度にニノのせいに出来るし、実際そうしてる。でも、だからこそ会いたくなって、その度に涙が溢れそうになる。 唯一、素直に一緒にいられる、大切な存在。 きっともう会えないし、会えたとしても、私はこんなに変わっちゃったんだから、会っても意味無いんだけど。
そんなことを、ただひたすらに考えていると、雅紀がまた私の顔を覗きこむ。 手には、四つ葉のクローバー。それを見て、ニノを思い出して乱れた心の平和が、戻って来たような気がした。 だから、その手に静かに触れて、こう言ってみる。本当に、心から思ったことだった。
『…雅紀って、色で例えるとグリーンみたい』
「え?」
『上手く言えないけど…、なんだか落ち着くし、ハッピーな色遣いだから』
「ひゃひゃ。…そっかな?」
『うん。ぴったりだと思う』
2人で笑い合う。
きっと、そう思った理由のひとつは、雅紀が太陽みたいな人だから。まるで、日向ぼっこをしてるみたいに、心地良い。 それに気付くのは、もうしばらく後のことで、今分かるのは、これだけだけど。
――― 眩しくて、目が眩みそう。だから、お願いだから、これ以上近づかないで。
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