White Clover. 6/17 ('10) - 1/2


side. N



『…ニノ!』



校門のところで待つ俺を見つけて、笑顔になる。向かって来るその足には、ここ最近じゃ当たり前のように生傷が絶えなかった。
ああ、今日は目も赤くなっている。



「んふふふ。おかえり」

『うん!』



そう言ってまた、いつものように公園までの道を2人で歩いていく。
学校で良い思いをしていないことには気付いていたけど、何も言ってやれなかったし、言うつもりもなかった。1人で抱え込んで涙を流す癖は、出会ってから変わらないことの一つだからだ。
以前はその度に杏奈を迎えに行って、手を繋いで2人で施設まで帰ったっけ。



『…!…。ふふ…』



だからまた、同じように、杏奈の手を取ってやる。俺は、自分に出来ることは知っているから。
ゆっくりと沈みかかる船に乗っていたとしても、俺の手ならずっと握っていられるはずなんだ、って。だから、明日も同じように笑っていられるはずなんだ、って。


それが、どうしようもなく不器用で、無理して明るく振舞うお前に、唯一してやれること。
そう信じて、ずっと一緒に時間を過ごしてきたんだ、俺は。



「…今日は授業どうだったー?この前教えたとこ、ちゃんと出来たの?」

『あ、うん!…それにね、今日はミニテストがあったんだけど、それも結構良い点数だったの!ふふ』

「ふーん。ま、俺のおかげだろうけど」

『違うもん。私が頑張ったからだもん』

「お前、人に教えてもらっておいてその態度かよ〜。んふふ。もう絶対に教えてやんない」



そう言うと、ごめんなさい、と慌てる。そしてすぐ不安そうに、次も教えてくれる、…でしょ?と訊く。
俺が横目でチラっと確認し、どうしようかなー?と笑って返すと、やっとからかわれていたことに気付いたらしい。いじけたように、片方の手で街路樹の葉を千切っていった。



「んははは。また、そうやって拗ねる」



他愛も無い会話。でも、誕生日のあの日言ってくれたように、こんな何気ないやり取りが、杏奈の1日の中で一番の楽しみになっているのなら、きっとこれが正解。
1人じゃないんだ、って分かってもらえるなら、何だってする。
どんなに調子っぱずれで、不器用で、真ん中よりも左寄りでも、俺はいつだってお前の味方だから。



「…じゃあね。また、明日」

『うん…』

「朝、遅れんなよ。ここでずっと待ってると、先生たちに怒られるからさ」

『うん…』



公園で今日あったことを話し合えば、あっと言う間に時間は過ぎていく。気付けば、杏奈がいる寮へ見送る時間になっていた。
以前は1日の大半を一緒に過ごしていたのに、今はもう、数えるほどの時間しか与えられていない。
いつもこの瞬間、俺も同じように、杏奈と会えるのが一番の楽しみになっている、と気付かされる。


でも、俺がそんなことを言っていちゃ状況は悪くなるだけだから。
思いを振り切って言ってやらなくちゃいけない。



「はぁ…。あからさまにガッカリすんなよなー。仕方ないじゃん。門限があるんだから。だいたい、」

『っ、ち、違うの!』

「…は?」



ずっと伏し目がちに返事をしていた杏奈が、顔を上げて必死に声を出す。
でも俺が反応すると、また視線は下がって、途切れ途切れに言葉を繋げる。



『あ…。違くは、ないけど…。そうじゃなくて…』

「……」

『なん、ていうか…』

「……」

『えっと…』

「はぁ…。…何?早く言わないと、今度はお前が先生に怒られるよ?ちゃんと聞いてるんだから、勝手に不安になってないで言ってくれないと」

『…!…』



杏奈の頭に手を乗せ目線を合わせると、オッド・アイがほっとしたように色を変えた。
そして通学カバンから手帳を取り出し、挟んであったブックマーカーとカードを俺に渡す。

そこには、“Happy Birthday”の文字。
杏奈に視線を向けると、申し訳無さそうな表情を浮かべる。



『…ニノの誕生日、今日でしょ?本当は私もケーキ買って“おめでとう”って言いたかったんだけど…』

「………」

『まだ、バイトなんて出来ないからお金も無いし…。ごめん、ね…?』

「杏奈…」



手書きのカードに、手作りのブックマーカー。
どちらにも共通していたのは、まだ多くの時間を一緒に過ごせていた頃に、杏奈が摘んで遊んでいたシロツメクサだった。



『…で、でもね?!それにしたのは、ちゃんと理由があって。…知ってた?これってね、ニノの誕生花なの!』

「誕生花…?」

『うん。ふふ…。花言葉、“約束”って言うんだって。だから四つ葉のクローバーは、願いが叶うとか言うのかな?』

「へぇ…」

『…それに、ニノ。…約束してくれたでしょ?』



その言葉に、今度は俺がプレゼントに落としていた顔を上げる。



『“いつでもそばにいる”、…って』

「…!…」



真っ直ぐで、でも同時に不安そうなオッド・アイが光る。その瞳には、確かに俺が映っていた。


“いつか、ここから連れ出してやるんだ”、って。
“チャンスが来たら、お前とこんなところから抜け出してやるんだ”、って。

その瞳を目にする度に、そう強く思う。だから安心させるために、いつものように笑って言ってやるんだ、俺は。



「うん。そばにいるよ?いつだって。…“約束”したんだから、当たり前でしょ?」



願いも、約束も、全部叶えてあげるよ。

だって、その為に俺は、お前の手を取ったんだから、さ。





White Clover. 6/17

(全ての幸せを、君だけに。)





End.


→ あとがき





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