愛おしいと思った夜
「めっちゃ緊張するわ…」
あたしは今、謙也んちの前でうろちょろしたり不審者状態。今日は謙也の家族が旅行でいないというマンガやドラマでありそうな好都合な状況なので、急きょお泊まりすることになった。合流する時間が夕方やし家まで迎えに行くと連絡がきたけど、お兄ちゃんおるし自分で行くと返事した。
「うん、大丈夫や。はい、ぴんぽーん…」
思いきってチャイムを押した。チャイムの音と一緒にぴんぽーんとか言ってまうとかアホやなあたし。緊張しすぎやろ。するとカメラ付きインターホンの向こう側から謙也の声がした。今行くと言ってすぐ切れたけど。
「なまえ、よう来たな!白石にバレへんかった?」
「うん、友達んとこ泊まる言っといたから平気やと思う。まぁバレたとしても今日は帰らへんし」
「お、俺も今日は帰すつもりあらへんから!」
顔を赤くしながら言う謙也に、不覚にもキュンとした。帰さへんって、はじめて言われた。でも玄関前やで?んな大声で言いよるから近所のおばちゃんらがニヤニヤしながらこっち見とるわ。
「謙也くんお熱いわー」
「彼女大事にするやでー」
「男になったらおばちゃんらに報告するんやでー」
「うっさい!早よ帰って家事せぇや!」
はやし立ててくるおばちゃんらに謙也が一喝すると、あたしの手を引いて家へ入ってった。
「おじゃましまーす」
「まぁ適当に座ってや。なんか飲む?ちょっと今日冷えるし温かいもんにするか?」
「じゃそれでお願い」
「OK」
謙也がキッチンから戻ってくると、温かいココアを入れて持ってきてくれた。謙也もあたしの隣に腰を掛け、一息ついた。
「なんかうちでなまえと一緒やと緊張するわ」
「えー?いつも家で過ごしてる風にしてや」
「無理やわ、なまえがおるっちゅーだけでいつも通りやないしなぁ」
「なんやそれ」
お互い緊張してるせいか、会話がぎこちない。なんかスムーズやないっちゅーか。なんか恥ずかしくって目も合わせられんわ。
「てか、こないにゆっくりなまえと過ごすんも久々やな」
今日はじめて謙也と目が合った。ニコニコしながらそう言ってきて、年上だけどかわえぇな、って思ってしまった。
「せやね、いっつもお兄ちゃんに邪魔されとったしなぁ」
「でも今は2人きりや、今まであまえられなかったぶん、今日は思いっきりあまやかしたる!」
「謙也っ!」
がばっと抱き締められとる今、あたしは自分でも顔や身体の熱が上がってぐのがわかった。チラリと横目で謙也を見れば、耳と首元しか見えんけど真っ赤っかになっとる。ほんまかわえぇ男やな。ちゅーか、こないに謙也を近くで感じたん久しぶりや。
「謙也」
「んー?」
「謙也もいっぱいあまえてや、あたしもあまえるから。もうほんま謙也だいすきっ」
「うん、俺も」
そう言いながらあたしは謙也の背に回しとる腕に、今よりもっと力を込めた。そうしよると謙也も抱き締める力をもっと強くしてくれた。痛いくらいの抱擁がとても愛くるしく感じる。あたしは少し腕の力を緩め、完全に謙也に身体を委ねた。すると謙也は身体を離して、あたしと真正面から向き合う。熱を帯びた目がえぇ感じやわ。もうヘタレな彼はおらへんで。
「なまえ、愛してんで」
「うん、あたしも愛しとるで謙也」
あまい言葉を囁かれ、片方の頬に手を添えられたままどちらともなく深いキスを交わし、そのままソファーへ沈んだ。