「添削してもらってもいいですか」

教室にいる生徒が居眠りするか好き勝手に内職するかの2パターンで過ごす時間がスピーカーから流れるお馴染みのメロディーによって終わりを告げた。自分もその型にはまりたかったのだが、1年前ならいざ知らず、受験を控えた今、それができるほどの余裕は残されていなかった。一番苦手な国語が記述で出される大学なんぞ選ばなければよかったと何度も考えたが、行きたいという気持ちまでは曲げられないので今こうして目の前の国語担当兼担任の授業を聞き流して対策に勤しんでいた。これも内職に入ると考える者もいるだろうが、わたしとしては、授業科目と同じ教科なら内職ではないと思っている。ただの言い訳だが。しかし愚痴や文句を吐き出し途中から寂しいから構えよなどと言い出すような人間の話を授業とは思いたくない。腹立たしいBGMの中、50分で書き上げた古文訳や和歌解釈をやる気の欠片もないそいつに押し付けた。もっとましな教師くらい校内にいるとは思うが、生憎こいつ以外に国語を担当してもらったことはないし、関わりのない教師に添削を頼むのも面倒だ。まともに仕事をしなかったら、まあ、そのときは職員室まで赴いて銀八以外の国語科に頼めばいい。

「一人だけ真面目に授業受けてると思ったら勝手に問題解きがって」
「授業もなにもジャンプ読みながら文句垂れてただけじゃないですか。教師としての仕事を与えたんですよちゃんと給料分働いてください本物の税金泥棒が」
「うるせーよクソガキ。こっちは特別手当て貰いてえほど授業以外で苦労してるわ。何で俺だけアマゾンの野生動物しか生息してないクラスを担当してんだよ」

口を開けば暴言しか生まれないこの男がどうして教師になれたのだろうかという疑問を抱かずにはいられない。今の言動を聞き、違う教師のもとへ乗り込もうかと思ったが、問題を読みながらわたしの答えと模範解答を照らし合わせ始めたので大人しく待つことにした。

「………訳はいいんじゃねーの。ポイント押さえてるし」
「あ、はあ」
「和歌は微妙。序詞の扱い方わかってないだろ。つーかまず序詞と枕詞の違い知ってんの?」
「……………………」
「聞いてんのか千町」
「…………銀八が仕事してるなんて」
「んなこと言ってるともう二度と添削してやんねえぞ」
「すいませんでした知りません」

知らない。わたしはこの男を知らない。しらない。気怠さを微塵も隠すことはしていないのに、解答と解説を交互に見る眼差しには教師が宿っている。こんな様子を見たことがあっただろうか。

「お前絶対失礼なこと考えてるだろいつも以上に」
「その詮索こそ失礼なんですけど。何で常時失礼なこと考えてる前提なんですか考えてますけど」
「ふざけろよこのクソガキが。俺のクラスってどうして生意気なクソガキしかいないの」
「アンタが生意気なクソガキだからです」
「クソガキにクソガキって言われたかねーよクソガキ」
「クソガキって言った方がクソガキ」
「クソガキって言った方がクソガキって言った方がクソガキ」
「もうわたしもアンタもクソガキでいいんで添削しろよやる気ないならいいんですよ適当な人捕まえて頼みますから坂本先生とか坂本先生とか」
「何で俺も巻き込むんだクソガキ。つーかてめェ分かってて言ってるだろあいつ数学しかできないバカで国語からっきしなの分かって言ってるだろ序詞と枕詞どころか古文と漢文の違いすらわかってないあのバカだけはやめとけ」
「坂本先生もバカにバカって言われるのは嫌だと思いますよバカ田銀八」
「ねえお前の口ってどうやったら閉じてくれるの添削ひとつで何でこんなに不毛な言い争いが起こってるのちょっともう黙ろう俺も余計なこと言わないからお前も黙ろうそして話を聞け」

わたしとタノシイ会話を交わすときにいつも銀八の顔に浮かんでいる血管はただのチャームポイントだ。ほんとうに可愛らしいと思うしねばいいのに。しかし今現在もこうして大変クソ生意気な考えをしているのを、眼前の教師はわかっていながら文句を飲み込み古文の知識を授けてくれているので、言う通り黙って聞こうと思う。古典の中でも特に和歌が苦手なのを知っているからなのか、ご丁寧に主な修辞法すべてを教えてくれるもんだから、話を聞くのとメモを取るのに集中して先程まで考えていたことなぞすっ飛んでいた。

「こんなもんか。お前古文の訳できてたし語彙は問題ないだろ。和歌なんてのは話の流れがわかってりゃあとは修辞法覚えて当てはめて考えればいい」
「懇切丁寧に教えてくれましたね。初めて教師だと思いました」
「よーしわかった表出ろ毒吐き娘」
「嘘です嘘です初めては言い過ぎましたこれで3回目くらい」
「3年間も担当したのに3回なの?年1ペースじゃん俺もう今年は教師認識されないのかよ」
「ああいえ、全部3年の出来事ですね」
「2年間教師じゃなかった!」

本当はとても嬉しい。添削なんて投げやりにされると思っていたから。本人にやる気があるならその手助けはしてくれる。背中を押してくれる。そんなことはわかっていた。教師らしいことなんて普段はしていないけれど、生徒に何かあればいつだって教師になっていた。3年も、その姿をみてきた。いくら感謝してもしきれないほどのものを本当はもらってしまった。なのにその欠片すら本人に伝えられたことは1度としてない。この男は素直じゃないと常々思うが、自分も大概なのだ。一言のためにどれだけ生意気な言葉を吐き出したか分かりはしない。結局一番言いたいことが今回も言えずじまいだなんて。たった5文字が伝えられないのがもどかしい。

「わたしが学びたいこととやりたいことで悩んでたときにちゃんと話を聞いてくれましたよね」
「何だよ突然」
「大学で悩んでるときにアドバイスもしてくれましたよね」
「そんなこともあったな」
「苦手な国語だって親身になって教えてくれましたね」
「…………………どうしたの、お前。何か死に際みたいなんだけど。死ぬの?」
「銀八が死ぬまで死んでやりませんよ背後に気を付けてください」
「お前がやる気じゃねーか!」

マジわけわかんねえと叫ぶこいつに対してこっちがわけわかんねえと蹴り飛ばしたくなった。せっかく言えそうな気がしたのに。

「千町」
「何でしょう」
「お前の受験、もう終わったの?」
「…………何いってんですか終わってたら添削なんて頼まないでしょ」
「ならそんな面してんじゃねーよ」
「どんな面ですか」
「知るかよ鏡見やがれ」
「めちゃくちゃにも程がありますよアンタほんとに教師?」
「知らねーよどっかの誰かは年1ペースでしか教師と思えないらしいぜ」

この野郎、と思い睨み付けたそこには、教え子を見守る目をした男がいた。紛れもなく、先生と呼ばれる人間だった。

「合格してから」
「……………………は、」
「感謝してえなら、合格してからにしろ」

それまでは憎まれ口でも何でも叩かれてやるよ。
そう言った先生の顔はすでに万人をいらつかせる憎たらしい笑みになっていた。

「型覚えりゃ点取れる古典なら添削はするが心配はしてねえ。公式覚えんのはお前の得意分野だろ。次持ってくるなら現代文な」

つくづく面倒な男の教え子になってしまった。こんな不器用な応援があるか。今のそれをしっかり応援として飲み込めたのは存在そのものが捻くれた彼を3年見続け追いかけてきた賜物だろう。人の主張も心情もからっきし読み取れないわたしが天の邪鬼の言いたいことだけは分かるようになった、だなんて。現代文で何を教えてきたんだ。

「捻くれ生徒の捻くれ解答楽しみにしてるからな千町」
「捻くれ教師の捻くれ添削で合格させてくださいね先生」


3.(ありがとう)内に当の気持ちを書きなさい。

20160131
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