数十分前の放課後、恋人が出来たという(俺が聞きだしただけだが)憎いあの野郎が所謂放課後デートとやらをするらしく、待ち合わせの時間になるまで教室に残ると言っていたので、俺もそこへ残り他愛もないことをくっちゃべっていた。そっちの彼女はマヨについていけてるのかだとか、どっちが好きになっただとか、どこまで進んだのか、と。半分照れながらも叫ぶように答えを返してくるあたりに腹が立った。てめーが幸せになった裏に傷付いてる奴もいるというのに。まあ、そんなことをこいつに言うのはお門違いだ。人間がみな幸せになれやしないことくらい承知している。世のコトワリってやつか。
そういえば総一郎くんがやつは大切なモンかっさらっていくと言っていたがまちがっちゃいないと今更ながらに思う。俺が一生かかっても手に入れられないようなモン持ってるくせにそれを捨てるとは。いや、捨てるというより手放すと言うべきか。野郎の気持ちなんざ分かりゃしねえが、とにかく、妬ましいというよりは悔しかったのかもしれない。あいつをあんな笑顔にしてやれんのが俺じゃない事に対して。
なんとなく教室から出たくなったので「新婚ほやほやなところジャマすんのも気が引けっから帰る」と言って早足で外へ出た。新婚じゃねえという叫びは受け流した。

とりあえず校舎を出たが特に何もする予定が無く、家に帰る気分でもなかったため、どこにいくでもなくただふらふらと街を歩いていた。生憎金欠で甘いものをどこかで買えなかったのが惜しかっただなんてのんきに考える。そんなとき。
反対側から俺の横を走り抜ける奴がいた。思わず振り返ると、見慣れた制服を着た、見慣れた後ろ姿が見えた。一瞬だけ見えた泣きそうな横顔。それだけで全てをわかってしまった。あいつは野郎を見てしまったのだと。刹那、俺の体は勝手に動いていた。Uターンし、大股で早歩きする。この人の多い街中で走るのは憚られたからだが、充分追いつくスピードだった。あと一歩で、というところでふっと力が抜ける様子がみえた。限界だったんだろう。お願いだ、まだ泣かないでくれ。その思いで一歩、大きく踏み込み左腕を掴んだ。

「さ、かたっ」
「喋んな。黙ってついてこい」


少し強い口調で言ったためか、あきらかに動揺していた。それでいい。だからあとちょっとだけ我慢してくれ。掴んだ腕から痛すぎるほど感情が伝わってくる。今すぐにでもこの胸に閉じ込めてやりたいけれど、この人ごみの中ではそうはできない。足の速さを保ったまま、俺が知っている人気のないところへ連れだした。
足を止めれば、少し間をおいてどうしたの、とわずかに震えた声で告げられた。よく我慢したな、という気持ちを込め、胸のあたりにあるその頭を抱きよせた。ものすごく、軽かった。


「な、に」
「泣きたきゃ泣けよ。俺は何も見てないし聞いてもいないから」
「ばっ、かじゃない、の」
「ああばかだ。だけど今だけはそんなばかの胸借りて泣いとけ。そのひっでえ面見せられるこっちの身にもなれってーの」
「っいま見て、ないとかいったくせ、に」
「知るか」


だからもう我慢すんじゃねえ、と。言葉にこそ出さなかったが代わりにより強く頭を押し付けた。何かが刺激されたかのようにいっきにほろほろと溢れるそれによって俺の学ランが滲んだが構いやしない。こんなことでも、こいつの悲しみがぬぐえるなら。


「っう、あ」


最初は少しこらえていたようだが、次第にその声が大きくなっていった。これに関しちゃどうやら俺は野郎を許してやれそうにない。まったく俺が惚れた女を泣かせるとは。とんだ罪人だ。万死に値するといいたくなる。だからといって、奴を嫌う事なぞできはしないが。嗚咽を聞かないふりして、すう、と手を背中に移動させ、慰めるように撫でた。セーラー越しのその背中はほんのちょっぴり冷たかった。
学ランをぎゅう、と掴まれ、さかた、と泣きじゃくるその声で呼ばれた。


「もし、あいつ、がふたりいた、と、したら、」
「うん」
「かたほうと、両想いに、なれたと、おもう?」
「……さあ、な」


ふと視線を空に移し、考えた。野郎が二人いる世界なんて真っ平御免被る。何が悲しくてそんな世界に生きにゃならんのか。例え話だとしても、だ。けれども二人いようが十人いようが、これだけは変わらないのかもしれない。辿り着いた結論を口にするため、ただ、と繋げた。


「ほんとうに全く同じ作りなら、その片方とやらもお前のことを好きにはならないかもしれねえよ」


クローンどころか、まるっと全てが奴のコピーだってんなら。どいつもこいつも同じ奴を好きになっていただろう。透子がこんなことを聞くのは珍しいと思ったが、それは言わなかった。恐らく一番それを理解してるのはこいつだろうから。
二人の片方でも、十人の野郎に好かれたいんじゃない、今ここに存在している、ただ一人の土方十四郎という男に恋をしてんだ。そして、そんな報われない恋してるこいつに俺は恋い焦がれた。必死でその追いつきそうもない背中追っかけてる姿に惚れたんだ。
そっか、そうだよね、と返事が聞こえた。俺は背中をさすりつつ、考えた。土方と奴の想い人が出会うこと自体運命だったならば。その運命ぶったぎられた世界が存在してたっていいんじゃねえか、と。パラレルワールドと呼ばれる枝別れの全ての世界に俺が、土方が、想い人が、透子が、存在しているなんて言いきることはできない。ゆえに誰かが欠けた、今では想像もできないような世界が広がっているのかもしれない。
その結論に達し、あ、と声を漏らした。


「野郎があいつと出会うか出会わないかで変わったりはすんじゃねえかな」


そうすりゃお前も結ばれたかもしれない。いいや、そんな甘っちょろい考え、俺はしちゃいない。土方がいない世界に行けば、この女が奴へ向ける好意を俺が全て受けることになっていたのかもしれない、と。もちろん、野郎がいなくなっただけなのだから、透子が他の奴を好きにならない確証なんてこれっぽっちもありゃしないが、それでも多分、俺はお前を好きになる。お前が存在し、お前と出会えるなら、どこだろうといつの時代であろうとこいつに恋をする。それだけはなんとなく、わかってしまった。
そんな俺の考えとは裏腹に、思いもしなかったことを言いだした。


「それで私のことを、すきになってくれた、としても、あんな笑顔には、なってくれないだろ、うなあ」


泣いた後特有の声でそう、口にした。予想外の答えに俺は目を見開いた。だがこいつらしいといえばこいつらしい。俺には眩しすぎた、その純粋なまでの好意。小さく嘆息し、こういった。


「ほんと甘ぇよ、お前は。俺だったら、そんな世界があるってんなら、思う存分謳歌してやる。そんで、透子のいう『あんな笑顔』ってやつより何百倍もいい笑顔にさせてみせる」


空を眺めていた視線を下にずらし、目を細めた。出来ることならば、傷付いたこいつの心に浸けこんで、奪えたらいいのに。このつらい記憶薄めるくらい幸せに出来たなら。ああばかばかしい考え。そんな勇気俺にはねえよ。結局はこいつと同じなのかもしれない。自分では不十分なのだと痛いほど分かっているから、どれだけつらくとも相手が笑顔でいてくれるならその不毛な結末も受け止めてしまう。自分が壊れそうになっても、だ。


「土方のいない世界だったら、お前は俺を好きになってたか?」


返事が欲しくて言ったわけではない。自分自身に対して問い、答えを見つけようとした。正解が見つかる前に、さあね、と言われた。俺と同じように。


「私を、好きになってくれる人だけを、好きになれたら、よかった、のに」


そうだな、それなら誰もつらい思いをしなくて済んだのかもしれない。こいつは見たくなかったものを見ることはなかっただろうし、俺も、俺の好意に甘えるこいつに対してこんな潰れそうになる気持ちになる事もなかったんだろう。でも、それではだめなのだ。


「ばか言ってんじゃねえよ」
「え、」
「お前が土方に恋してる姿は、なによりも輝いてた。俺が惚れるくらいにな」


誰が何を言おうと、そんなお前を好きになったんだ。お互い似たようなもんだろ。なのに、どうしてこんなにも、泣きたくて仕方がないんだろうな。


界がしすぎた


20130829
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