五十音順愛の詠
ろくでもないのに、どうして(TOX/アルヴィン)
何度も、何度も……だから許したくないのに
「……みんな甘いよ」
みんなはもう休んでる。ザイラの森にある教会で。用意してもらった部屋でみんな寝息を立てて眠っている。明日、カン・バルクへと戦いに向かうから休まなきゃいけないのに、どうしても寝付けなくて。教会の前だとア・ジュール兵の見張りがあるから考え事も出来ない。だからこっそり抜け出して裏の井戸にいる。降り止まない雪が容赦なく体温を奪うけど、それでも戻る気になれない。
「あたしが、強情なだけ?」
とはいえジュードもエリーゼも納得はしてないだろう。もちろんミラ、レイヤ、ローエンも。ただあからさまに怒りを露わにしてるのはあたしだけで。何これ……あたしが悪者なの?
「半ば好奇心で来た罰なのかなぁ」
誰もいない教会の裏。井戸に腰掛ければいいのに、何故か寄りかかってるからお尻が濡れて冷たい。そのままの状態でどれだけいたのか、うっすらと頭にも雪が積もってるみたい。それもまたいい。頭を冷やして考えるのにはちょうどいいや。
「おい!何やってんだ!?」
前方から聞こえた声に視線だけ向ける。一瞬、ア・ジュール兵に見つかったかと思ったけど、声で誰だかわかったから顔を上げなかった。だって今は見たくない顔だったから。
「なまえ!?」
「起きてるよ。うるさい」
本当は返事をするのも億劫だったんだけど、騒がれて誰か呼ばれる方が面倒だった。あたしの前に腰を下ろしたその顔は本当に心配してるようにも見えた。でも、あたしはそれを信じられない。それだけの彼はあたしを、あたしたちを裏切ってきたから。
「何でアルヴィンがここにいるの?」
男性陣と女性陣の部屋は別で離れている。ミラたちが起きない程度の物音ならアルヴィンたちの部屋には聞こえないはず。
「あ、ああ。青少年をそそのかしたのはいいけど……なんか寝られなくてね」
バツが悪そうな、ちょっと泣きそうにも見えなくもない。どうしてそう見えたのかわからない。一度目を閉じて、ちょっと散歩。と素顔を隠すような笑顔を見せる。これも嘘なのかな。アルヴィン見ると疑うことしか出来なくなってる。
「……ろくでなしのくせに」
「ひっでぇ」
ボソッと呟いたあたしの言葉にアルヴィンは頭を掻く。自分でもわかってるはずだ。
「いつまでもこんな所にいると風邪引くぞ」
「馬鹿だから引かないもん」
積もった雪を払う。腕を引っ張りあたしを立たせて。
「眠れないなら教会の中にいろよ」
風邪を引かなくても体を冷やすだろ。と着ていたコートを脱いであたしに羽織らす。憎らしいことに、冷えた体にはこのコートの温もりが命の水のようだ。じんわりと体温を戻してくれる。ただあたしのほうが一回り以上小さいからアルヴィンのコートは地面に着いてしまう。だから脱ごうとしたけど無言で止められた。
「……か、貸してなんて言ってないよ」
「こっちの姫さんも強情だな」
こんなに冷え切ってるくせにと大きな手で頬を挟まれる。頭ん中ではいい感情を持たない男のコートを羽織らされて、頬まで触れられるシチュエーション……しかも雪の中。若干ある乙女心を擽るが素直においしいとも思えない。それはやっぱりあたしが強情だからなのか。
「エリーゼだって嫌がるよ」
悔しいけど冷たくてちょっと痛くなっていた頬が熱くなるのを感じる。でもそれはアルヴィンの手で温められてるからで深い意味はない……そう自分に言い聞かせる。
「女性に優しいイイ男なのにな」
「自分で言うからダメなんだよ」
これさえなければ……って何を思ってるんだか。だ、ダメだ。このシチュエーションはダメだ。伊達にタラしじゃない。こうやって色んな女を口説いて歩いてるんだ。
「もう離してよ!」
これもいらない!と肩に掛けられたコートも無理矢理アルヴィンに押しつける。頭を冷やして考え事をしに来たのに、こんな事されたら……余計なことを考えちゃう。やっと温まった体は冷気で一気に冷えて冷静さを取り戻す。
「…あ、あたしは騙されないんだから!」
みんながいいって言うから一緒に行動するけど、けど……せっかく落ち着いたのに顔が見れない。心ん中で思うのはいくらでも気にくわない理由が出てくるのに、面と向かうと言葉に出そうとすると心拍数が上がる。
「もう裏切らないってんだろ?」
「それが嘘かも知れないじゃん」
もう聞きたくない。アルヴィンの嘘は聞きたくない。信用させるような言葉を言っておいて、あっさりと裏切る。そのせいで何度危険な目にあったか。
「……もう、期待すんの、疲れた……」
思わず出ちゃった本音。何だかんだでフォローしてくれたり戦闘でも頼りなる。正直助かってるのは確かで、戻ってきてくれれば敵でなくてよかったと安堵する自分もいる。
「……疲れちゃったよ」
信用を越えて信頼してた自分が嫌い。一度や二度じゃない。嘘や裏切りは。だったらいっそ、ひと思いに拒絶すればよかった。けど出来なくて。馬鹿みたいだと肩をがっくりと落とす。
「――っ!?」
ああ、泣きそうだ。少しだけ目頭が熱くなるのと同時に体への圧迫感。背中を押されて顔にぶつかる硬いもの。そして温もり。びっくりして瞑った目を開ければそれが何かを理解した。
「……悪ぃ」
すっぽりとアルヴィンの腕の中に収まるあたしの体。抵抗しようかと体を動かしたけど、抱きしめてる力が強くてあまり意味がない。短い謝罪に、小さな溜息。自分、こんなに弱かったかな?とか自問自答しちゃう。
「泣かせるつもりじゃなかったんだがな」
じゃあどういうつもり!と案外厚い胸板を力一杯押してアルヴィンを見上げる。少しだけ濡れた瞳のせいで視界も悪い。
「あんたのせいでみんな悲しんでる!辛い思いしてる!バカぁ……」
知ってる。アルヴィンにもアルヴィンの事情がある。ただあたしたちが何をしてるのか、わかった上でのあの行動が許せなくて。確かに下手するとアルヴィン自身の身の危険もあったけど。これ以上泣くもんか、アルヴィンの顔を睨みつけた刹那、目が合った。
「――んっ?」
いつの間にか眼前にアルヴィンの顔があって、口に何か柔らかい感触があって。一体何がどうなってるのか理解しようとして頭を回転させてれば息苦しくなって口を開ける。するとそれは更に深いものになって思考を硬直させた。
「ちょ……ちょちょちょちょっ!?」
解放された唇はまだ感触が残っていて、上手く言葉も出ない
。再び冷めた体も一気に熱くなって事態を飲み込めない。
「もう裏切らないのはこれが一番の理由だ」
「へっ?」
両手でまた顔を挟まれ、今度はリップ音を立てて唇に触れる。ニッと笑ってもう一回コートを羽織わされる。風邪引くなよ、とだけ残してアルヴィンはいなくなった。ただただあたし一人が残された。
ろくでもないのに、どうして((こんなにも好きと思うんだろう))