五十音順の詠
まイスウィート、マイハニー(黒子のバスケ/黄瀬)










「なまえっち〜!」



カラカラとスコアボードを片付けようとそれを押していると、満面の笑みで駆け寄ってくるアイツ。どこの大型犬だと思わせるくらい人懐っこい。黙ってればタダのイケメン。モデルなんてものをやってるんだから顔は良くなきゃいけない。でもそれだけじゃなく、彼は中学時代は『キセキの世代』と呼ばれていた。その名は今も健在なんだけど。確かに彼の力はスゴい。が、性格に難あり。



「あたしは忙しいの。さっさと着替えて帰りなさい」
「そんなつれないこと言わないで一緒に帰ろス」



これは俺っちが片付けるからとあたしの手からスコアボードを取ろうとする。けどあたしは、これはあたしの仕事だからと場を譲らず、スコアボードを用具室へと入れる。後ろで本気で項垂れる彼を見て、あたしは溜息一つ。



「黄瀬くん。すぐに着替えるから先に着替えて待ってて」



仕方ないと苦笑混じりでそう言えば、落ち込んでいた姿はどこへ行ったと言わんばかりに、ぱぁっと表情は明るくなり、約束スよ!と走って去っていく。いや、あたしはまだ片付けあるからそんな急がれても。まぁ、あんな嬉しそうにされたら、邪険に扱えない。むしろ嬉しいかも。



「お待たせ」
「全然待ってないッス!俺も今きたッスよ!」



いや待っただろう。てかデートの待ち合わせじゃないし、君の方が先に上がったでしょ!?。とツッコみも入れたくなるけどそこは押さえておく。



「なまえっち、どこか寄ってかない?」
「うーん。今月はちょっと厳しいから止めとく」



所詮は高校生。お小遣いなんてたかがしれてる。毎日のようにどこかでお茶するお金なんて持ってない。部活もやってるとバイトも出来ないし。



「俺っちが奢るスよ?」
「それは嫌。いつも言ってるでしょう?」



お互い高校生。だから奢る奢られるなんてお金の貸し借りみたいのはしたくない。仮に今は奢ってもらったとしても、次の時にあたしが奢ってあげれるとは思えないし。



「彼氏が彼女に奢るのは別におかしくはないと思うスけど……」



ぶつぶつと何か腑に落ちないのか言ってるけどとりあえずは気にしないでおこう。黄瀬君のこういうのはいつものことだから。



「なまえっちはもうバスケはやらないスか?」
「あたし程度のレベルじゃ続けてても意味ないよ」



中学三年間バスケ部に所属してた。けどただ一度もレギュラーになれたことはない。好きだけじゃ上手くもなれないってのを理解した。それでもバスケは好きだからバスケから離れられなくてプレイヤーからマネージャーへと立ち位置を変えた。彼くらい上手かったら強かったらそんな悩みなんてものはないんだろうけど。



「そんなこと……」
「あるでしょ?」



海常のバスケ部は男女ともに三軍まである。あたしは絶対に三軍から上へは行けない。この気持ち、初めから一軍でレギュラーの黄瀬君にはわからない。一度見れば真似が出来てしまう彼はそういった意味での挫折なんて知らないんだろうな。あたしがどんなに頑張っても彼の実力の1%にも満たない。好きこそ物の上手なれ、なんて言葉があるけどそんなんで上手くなれたら誰もが一軍に昇格してるっての。



「……この話、やめよう」



惨めになる。いつも押さえていた嫉妬が剥き出しになる。そしたら何もかもが平凡以下のあたしはただ醜くなるだけ。せめて、そう見えない努力だけはし続けたい。バスケットプレイヤーとしての彼は凄くカッコいい。だから惹かれた。でも、挫折を知らない彼はたまに無神経。



「なまえっち?どうし……」
「ねぇ、黄瀬君」



彼が何か言い掛けたのを遮るように彼の名前を呼ぶ。なんっスか?と首を傾げる。



「……あたしのこと、好き?」



一応これでもカレカノのつもりでいる。けど、告白って言うような言葉は言われてない。ただ、付き合わないっスか?と言われて別に断る理由はなかったから、いいよって答えて付き合いだした。最初の頃はファンクラブの子たちの視線や嫌がらせが怖かったけど、今は認められたのか何もない。それはともかく、黄瀬君の気持ちは聞いたことがないから、聞いてみたかった。



「好きに決まってるじゃないスか」



と即答。何を当たり前なことを言ってるスか。好きだから付き合ってるじゃないスか。とあっさりと言われてしまった。



「いきなりどうしたんスか?」



怪訝そうな表情であたしを見下ろす。確かに突然と言えば突然なんだけど。



「……だってあたし、黄瀬君に『好き』って言われたことなかったもん」



彼の顔を見たままでは言えなくて、そっぽ向いて言う。きっと今のあたしはすごく可愛くない。あたしだって女の子だもん。付き合い始めの時は別にそこまでじゃなかったけど、今はすごく好き。よくよく考えて思い出してみると『好き』って言われたことがなかった。



「……なまえっち……」



言うんじゃなかったかな。普通にただ、好きって言ってほしかったのって言った方が可愛かっただろうに。バスケのことなら素直になれるのに、恋愛とかになると恥ずかしくて素直になれない。呆れられたかな?



「めっちゃっ可愛いっス!」
「きゃぁぁーっ!?」



しゅんと俯いてしまうといきなり抱きつかれた。何度も可愛いっス!と言って離してくれない。彼の大きな体に包まれて身動き一つ出来ない。往来で抱き締められてるものだから恥ずかしくて仕方ない。



「き、黄瀬君!離して!」
「勿体なくて離せないス!」



何がどうやったら勿体ないって思えるんだろう。もう一度、離してと言えば抱き締める力を少し緩めてくれる。



「そう言えば、俺っちもなまえっちに『好き』って言われたことないス」
「へっ?」



そうだっけ?言ったこと……ないや。恥ずかしくて今更言えなかったって言うのが一番だけど。



「なまえっち。俺のこと『好き』っスか?」



意地の悪い笑顔。勝ち誇ったようなその笑みにすらドキリとしてしまう。けど、彼の問いに段々と体が熱くなる。何を問われて何を答えなくちゃいけないのか。そう思ったらたぶん体中真っ赤になってる。



「……す、好き…だよ」



は、恥ずかしい。穴があるなら入りたいくらい。むしろ逃げ出したい。チラリと彼の顔を見れば満足そうに笑みを浮かべて、顔を近づけてくる。チュッと唇にリップ音。柔らかい感触に、一瞬に何が起こったのかわからなくて。それがキスだったとわかると、もう立ってられないくらいで。倒れる前に支えてもらったから地面とお友達にはならなかったけど。



「なまえっち可愛すぎ。食べちゃいたいっス」



好きっスよ。ともう一度キスされた。






まイスウィート、マイハニー
((君が好き!))









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