五十音順の詠
あいの詠を捧ぐ(TOD2/ジューダス)







その詠は失われて初めて気付いたものだった…





「なまえ?どうしたの?」



思わず絶句してしまった。ここでポーカーフェイスを決め込んとおけばよかったと後悔してももう遅い。彼は私に気付いただろう。変装、は一応している。けど、彼を見た瞬間、私は目を見開いて言葉を失ってしまったのだから。あのアメジストの瞳は、私をしっかりと捉えていた。



「な、なんでもないよ……」



スタンとルーティの息子はどんなんだろう、という好奇心半分。生き返った私を何が待ってるのか知りたい半分で彼らの旅に同行したらこんなオプションが付いてくるとは。今すぐ脱兎の如く逃げ出したい。でもまだ意識の戻らないフィリアを置いて行くこともできない。正体を明かせないくせに、だ。



「じゃあ、行こう!」



彼女を私室へと連れて行こうというカイルたちについて行く。私が動き出す瞬間まで、彼の視線は私に向けられたままだった。痛い視線を無視し続けた。リアラ、という少女が仲間となり、ジューダス…という彼も仲間となった。さすがはスタンの息子、懐が深い。素性の知れない私たちを簡単仲間にしてしまうなんて。スタンの信じるという力を継いでいるのは嬉しく思うけど、ルーティの疑う、もとい慎重なところも似て欲しかったかな。



「俺たち買い出しに行ってくるね」
「宿の手配は頼んだぞ」
「ちょっ!えっ!?カイル!ロニ!」



いつの間にそうなった。私が脳内で思考と格闘していたら、カイルたち三人は買い出しに行くという。もうすぐ日が暮れるから一泊すると決めたのは聞いていたけど、まさかジューダスと二人きりにされるとは。これはさっさと部屋をとって引きこもるに限る。



「五人で二部屋お願いします!」



ダッシュで宿屋に行き、ダッシュで部屋を取る。受け取った二つの鍵のうち一つをジューダスへ押し付けて、私は自分部屋へと入る。リアラが戻ってくるまで鍵をかけておこうと思ったけど、その判断が一瞬遅れてしまい、彼を部屋へと侵入させてしまった。



「なぜ僕から逃げる?」



仮面の向こうに彼の瞳は私を捕らえて離さない。逃げ出したいけど、扉は彼の背中。窓から飛び降りるわけにもいかない。



「に、逃げてなんて……」
「なまえ」



呟くように発せられた声に少し頭がくらっとした。もう二度とこの名を呼んでもらえないと思っていたから。もう二度とその声を聞くことはないと思っていたから。



「……ジュー…」
「違う」



呼びきる前に遮断される。彼はゆっくりと骨で出来た画面を取る。綺麗な漆黒の髪に透き通るようなアメジストの瞳。あの日から何ら変わらないその姿。違うのは服装と仮面だけ。それだけで胸の奥が熱くなって、視界が霞みそうになる。奥歯を噛んでそれをグッと堪える。



「……リオン」



久しぶりという程、私たちの体は時間が流れていない。でも、もの凄く久しぶりに感じてならない。そして…なんて罪深いのだろうと悲しく辛くなった。私が彼の名を呼んでいい訳がない。本名でないのがせめてもの救いなのかな。



「ーーっ」



近寄ろうとするリオン…いや、ジューダス。それに反して私はその分後退する。そんな私を怪訝な面持ちで見る彼。



「なまえ?」
「呼ばないで!」




その声で私の名前を呼ばないで。君に呼んでもらえる資格なんでないのに。騙していた。彼に酷いことをした。もし、私が騙していなかったら、彼は死なずに済んで、彼女と幸せに暮らしていた筈。



「私……君に名前を呼んでもらう資格ない……」



これが怒気の篭った声だったら何も言わなかった。その次に発せられるであろう言葉を甘んじて受け取った。なのに、どうしてそんな優しい声で呼ぶんだろうか。



「私はっ!私は、全部知ってた!ヒューゴが何をしようとしてたのか、リオンに何をさせる気だったのか!知っていて黙っていたっ!!」



彼には選択肢がなかった。マリアンという大事な女性を人質に取られ、言いなりになるしかなかった。それを、あの瞬間まで黙って見ていた。



「だからなんだ」



彼から返ってきたのはたった一言。胸よの前で腕を組んで私を見ている。



「そのくせ、僕とスタンに斬られて死んだ……それを僕がなんとも思わないと思ったのか!?」



海底洞窟……ある意味運命の場所だったのかもしれない。私はあの場に行く必要がなかったのに行った。剣を交えるリオンとスタンの間に割り込み二人に斬られた。最後の最後に、リオンをスタンたちを任せて私は罪人らしく死のうと思った。そして死んだ。彼もまた、死んだことを生き返ってから知った。私と一緒に、あの洞窟で。


「段々と冷たくなっていくお前の体を抱きしめた時……僕がどんな気持ちだったか……」



弱々しくなる声。表情もなんだか泣きそうで、私まで泣きそうなる。



「……私は、罪人だよ?死んだって誰も悲しまない。君は、あのままスタンたちと行けば死なずにすんだのに……」



どうして?って言えなかった。視界の端に漆黒が見えた。一瞬の息苦しさに何が起きたのかもわからなかった。感じられる温もりに抱きしめられてると理解するのに少し時間を要した。



「リオ……」
「僕はジューダスだ」



ジューダス……ユダ。カイルはなんて名前をつけたのだろう。意図的にないにしても、この名前はない。



「……ユダは、私だ」



あんないい人たちを裏切った。スタンたちを英雄と表し、私たちは裏切り者のレッテルを貼られた。リオンの裏切り者のレッテルは私が貼ったんだ。



「最初から…話しておけばよかったんだ。ヒューゴの言葉なんて、信じなければよかった……」



全ての人々の為なんて言葉、信じた私が馬鹿だったのだ。巨大な力は身を滅ぼすだけなのに。リオンやマリアンたちと幸せに暮らせると私は信じ切ってしまったのだ。



「……離して」



彼の体を押して離そうとした。けど思ったより強く抱きしめられていて離すことはできなかった。



「リオ……ジューダス……」
「これを……」



そっと体を離される。近い距離で目が合う。そして目の前に差し出された折り畳まれた紙。訳もわからないままそれを受け取り、開く。



「……これ」



まだ幼い頃、私がリオンにあげたもの。マリアンが屋敷に来る少し前。私が…書いてて渡したもの。



「お前が、まだ歌手になることを夢見た頃のだ」



小さい頃は歌が好きで歌手になりたかった。でもそんな事は許されることはなく、剣士としての鍛錬の日々が続いた。それでもと、せめてと、書いた詩。当時、私の夢を応援してくれた彼へと送った詩。



『ずっと、ずっと…いつまでも一緒だよ。たとえ何があっても、君は私が守るから。大好きだよ…』



子供の書いた言葉。今なら愛の告白にしか聞こえないけど、あの時の私の本気の気持ち。それは、今も変わらないけど。



「生き返った時、これを握りしめていた。これがあったから、お前を憎めなかった」



裏切った理由。それがわかったと彼は言う。ボロボロと涙が溢れ出して止まらない。再び抱きしめられて、この詩をそのままお前に返してやる、と耳元で囁かれた。
この拙い詩を、私は、僕は…





あいの詠を捧ぐ
((それは、永遠に…))













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