五十音順愛の詠
ひとりには戻れない(黒バス/赤司)
それは無理だったんです
「先週の練習試合のスコアを出しておいてくれ」
そう言って彼はすぐにコートへと戻っていった。もうすぐウインターカップのため東京へ行きます。だからなのかいつもよりソワソワしてるというかピリピリしてるというか……たぶん周りどころか本人も気づいてないです。『あの』赤司君でも心がざわつくようです。だって、キセキの世代が再び一つの地に揃うんだもの。
「全く、です」
彼との付き合いはもう四年近くになります。中学に入学してバスケ部に入ってからで。その一年後に男女交際という意味で付き合いも始めました。更に一年以内に彼は豹変しました。ある意味彼だけではないですけど。全く、違う人にしか見えなくなって怖くなりました。
「わたしも物好きですね」
そう思っていても別れることはありませんでした。同じ部活内でギクシャクするからとかいうのはなく。それは別れる理由にはなるのかもしれないけど、無理だとわかっていたから。彼が私を手放すとは思えません。言い方が違いますね。私から離れることを許さない。変わった彼はそう言う人だと悟りました。別れる方法が無かったわけでもないです。高校を別にして連絡を絶って自然消滅すればいい。けど私はわざわざ東京を離れて京都へとやってきました。つまりそう言うことです。
「あら、なまえちゃん。何処に行くの?」
「部室にスコア取りにです。うちの王様からの命令ですよ」
持ってくるのが遅いとうるさいですからと言えば、玲央先輩は、征ちゃん怒ると怖いものね。と肩を竦めた。一番怖いのは無言の圧力なんですよね。逃げようにも赤司君の天帝の眼からは逃げられないし。
「持ってきました」
「そこに置いておいてくれ」
こっちを見向きもしません。練習風景を見てるからでしょうけど。とりあえずベンチに置いて、いつも通りのマネージャー業に戻る。
「……疲れました」
何に?仕事に?それとも、今の関係に?一生懸命、勉強して推薦もらってここまでやってきた。帝光中バスケ部のマネージャーをやりながら成績をトップクラスでキープするのは至難の業でした。赤司君だけはなく緑間君にも勉強を教わって何とか。親への説得も大変だった。
「なんでここまでしたんでしょうか」
疑問を口にしながら校門へ向かうと一つの影。見えた赤い髪に少しだけ眉根を寄せてしまった。出来たら今は会いたくなかったです。
「遅いぞ」
「先に帰ってよかったでしたのに」
いくら赤司君でも練習で疲れてるだろうし、互いの寮も少し離れてるし。今は冬なんだから風邪引いちゃいますよ。と、色々口にしようとしたけどやめました。向こうが何か言いたげに見ていたから。
「行くぞ」
何も言わないのは何故?と聞きたい。でも聞けません。そんな勇気は私にはありません。それに聞くだけ無駄だとわかっています。どうせ私がトロいからでしょうし。胸の中がモヤモヤします。数歩先を行く赤司君の背中を見る。昔は、付き合い始めた頃は優しかった。隣を歩いてくれて、優しく微笑みかけてくれて。
「なまえ?」
名前を呼ばれて、いつの間にか俯いていた顔をハッと上げれば赤司君が目の前に立っていました。私の顔を覗き込む赤司君。心なしか心配そうに見えます。
「ごめんなさい。少しボーッとしてました」
もう大丈夫です。と謝罪して返事をしたけど、赤司君は動かない。どうしたのでしょう。
「何を考えているんだ?」
「えっ?」
そっと頬に触れられる。手袋をしてない赤司君の手は冷たい。ああ、本当に風邪を引いたらどうしましょう。
「なまえ……何をしてるんだ」
「風邪を引いたら大変だから……あれ?」
自分の首に巻いていたマフラーを赤司君の首に巻く。訝しげな顔をされました。そう言えば、さっき何か聞かれたような。
「えっと……その……」
言えない。言ったら怒られるのがわかっていますから。上手く言葉が見つからなくて目が泳いでしまう。逃げられなのですから言ってしまえばいいのに。もしかしたらそれで私を見限るかも知れませんし。
「……赤司君が、怖いです」
二年前のあの日から、赤司君が怖いと思うようになった。正確には、もう一人の赤司君と言うべきか。彼が自分のことを『オレ』と言っていた頃が今は懐かしい。『僕』と言い始めてからが怖くなった。赤司君は赤司君なのに。
「……前は、もっと……優しかったです……」
このままじゃお互いにスッキリしない。これで周りの空気のように互いの気持ちも冷たくなってしまったら、きっとそれまでなんです。だがら、勇気を持って言わなきゃいけないんです。
「赤司君にとって……私は何ですか?」
頑張って勉強をして洛山に入って、中学の時のようにバスケ部のマネージャーになりました。それはそうすることが当たり前のように。私の意志なんて関係なく。それでもいいという自分がいたのは確かですが……正直不安になります。私だって、女の子です。
「なまえは僕の愛する人だ。それを疑うのかい?」
「そうじゃ、ないです」
臆面もなく言えるのだから凄いです。なんでしょう。嬉しいです。ちゃんと言葉にしてもらえるのは嬉しいんです。でも、不安は拭えないんです。どうしてなんでしょう。自分でもわからないです。
「……っ」
頭の中がグルグルします。目頭が熱いです。考えが上手く纏まりません。なんだか頬が冷たいです。
「泣くほど僕が嫌いか」
「ちがっ!……違います」
私泣いてたんですね。そんなことより、赤司君です。泣いている私が言うのも変ですが、赤司君が泣きそうな顔をしてる。絶対にあり得ないのにです。こんな表情も出来るんですね、と思いつつもそんな顔をさせたかったわけでも見たかったわけでもない。
「……嫌いなんか、なるわけありません。ただ、少しでいいんです。昔みたいに、隣を歩きたいです」
それだけだったのかもしれません。怖いは怖いですけど。二年みたいに、ただ隣に歩きたかっただけなんです。
「……ごめんなさい」
「謝ることはない」
なんて身勝手なことを言ってしまったのだろう。なのに赤司君は小さく微笑んで、触れていた頬を撫でる。
「僕がなまえを不安にさせたのが悪い」
「……赤司君」
赤司君が非を認めた。こんな事、出会ってから初めてです。
「わ、私が赤司君を怖いとか言ったのがいけないんです!」
いえ、怖いは怖いんですけど。でも口にするべきじゃなかったんです。
「なら互いが悪かった。それでいいだろう」
まだ目に溜まっていた涙を拭った後、赤司君は私の額に唇を落とした。その瞬間悟ってしまった。
ひとりには戻れない((離れること自体無理でした))