五十音順の詠
となりはわたしの特等席(シンク/TOA)








気付いたら、そうだったんだよね







「これでよろしいでしょうか?」



口調は至って柔らかに、でも手にしていた書類は思い切り机へと叩きつける。バンっ!という大きな音を立てると数名いた部下たちが肩をビクッと震わせた。そんなもの私には知ったこっちゃない。



「ふーん、いいんじゃない」



私の行動なんて気にもせずその書類を軽く見てサインをする師団長。これ、さっさと持って行ってよ。期限まであと十分だよ。って未だ呆けてる部下に声を掛ければ彼はハッとして師団長から書類を受け取りダッシュで部屋を出ていった。他の連中も慌てて出て行く。見せ物じゃないっての。



「それでは私は任務があるので」



わざと刺刺しい言い方をして退出しようと踵を返すと、ガタッと音がした。思わず立ち止まり、少しだけ振り返ると師団長が立ち上がっていた。



「それ、僕も行くから」
「はい〜?」



スタスタと私の脇を横切りドアへと向かう師団長。この任務は直接ヴァン総長に命令されて行くというのに、なんで師団長が?師団長が最初から行くなら彼が私に言えばいいのに。そんなに、私が嫌いなのか。あんな事があったくらいで。



「置いてくよ」



睨みつける私をよそに、師団長は部屋を出ていった。それを慌てて追いかけながらその時のことを思い出していた。






『……あっ』



カランっと音を立ててそれは落ちた。珍しくソファーで寝ていた師団長。私が部屋に入ってきたのに驚いたらしく、慌てて起きあがった際、師団長がいつも付けていた仮面が床へと落ちた。



『……ちっ』



手のひらで隠すように顔を覆ったけど私は見てしまった。彼の素顔を。すぐには理解できなくて、あっ、と思ったときには師団長は仮面を付けていて私の背後にいた。



『わ、私……』
『バラしたら殺すからね』



何も見ていません。と言う前に言われてしまった。低い声音で殺気を放って。私は動けずにいた。彼の素顔に思考はついて行かず、バラしたらどうなるかと考えたらゾッとして、本当に怖かった。



「(しかし、まぁ…)」



それからと言うもの、シンク師団長は私にこれでもかってくらいの仕事を与える。少なくとも今までの三倍はあるだろう。他の何かを考える暇もない。夜になって自室に戻ったら疲れて寝てしまう毎日。さすがに理不尽な職務内容に反発したいところだけど、神託の盾騎士団をクビになるわけにはいかない。天涯孤独の私にはここしか居場所がないのだから。その結果がアレ。ただ態度が悪いという子供じみた反発。我ながら情けないけど。



「早くしてよね。アンタって本当にトロいよね」



副師団長のくせに。と言われると腹が立つ。ちゃんと歩いてるし、ぼーっとなんてしてないし、仕事だってちゃんとやってるし。なのに彼は私を否定するようなことばかりする。



「私が気に入らないなら総長に言って変えてもらえばいいんじゃないんですか?」



数歩後ろを歩いた足を早めて彼の隣へといく。チラリと見上げるけど仮面のせいか表情はわからない。しかし今いる場所がザレッホ火山だというのに汗一つ掻かないってどういう体してるんだろう。



「アンタと鍛え方が違うから。ほら、来るよ」
「えっ……っ!」



読心術!?と声を上げる前に師団長が身構える。数メートル先に魔物が二匹。すでに気付かれてるから隠れてやり過ごすのは無理。行くよ、と言うと同時に師団長は魔物へと駆け出す。私も腰のダガーを両手に持ち後を追う。師団長が打撃を入れ後退すると同時に私が斬り込む。二人で戦うときはほぼこのパターン。私が下がると師団長が譜術を放つ。




「ついでにこれもね!荒れ狂流れよ!スプラッシュ!」



弱点を突けば魔物はそのまま地に伏せた。終わったと私も油断していた。師団長が手間かけさせないでよね、と絶命したと思われる魔物を蹴ったときだった。まだ息のあった魔物がその刃を向けたのは。



「危ないっ!」



咄嗟だった。体は勝手に動いて、目の前に大きな爪が見えて、師団長の胸を思い切り押して自分も背中を向けて、そして痛みが走ったのは。焼けるような痛み。あ、倒れる、なんて考えてたら途中で止まった。視界の端に緑が見えて何か鈍い音がした。



「なまえっ!?」



痛む背中にうっすらと温かいものを感じた。それが治癒術だったと気付いたのは傷が治ってから。とはいえ思ったより酷かった傷は完璧には治らずうっすら痛い。



「師、団長……無事、ですか?」
「何馬鹿なこと言ってんの!?アンタが無事じゃないだろ!」



状態が気になったから聞いたのに怒鳴られた。私の肩を抱く力が強くて痛い。あれ?震えてる?私が?師団長が?



「なんで僕を庇ったの?」
「上司を守るのが、部下の務めですよ」



背中も肩も痛いな。でも、なんか師団長の方が辛そうで、胸の奥も痛い。



「僕が嫌いなくせになんで…」
「嫌いじゃないですよ。寧ろ私の方が嫌われてるんじゃ……」



素顔見ちゃったし。仕事は嫌がらせみたいに多いし。あれで好かれてるったらどんだけツンデレなんだとか言うよ、私は。



「……嫌いだったら、いつまでも部下になんかしておかないよ」



ましてや副師団長なんかね。と顔を背けた。



「でも……私が師団長の素顔も知ってるからですよね?鬼みたいな仕事の量は」



何だろうこの展開。もう大丈夫だから離れたいけど抱き抱えられてる状態だから私からだけじゃ離れられない。



「別に、なまえならできると思ったから。それに……アンタは、言わないと思ったから」



そっぽを向いたままで段々と声も小さくなっていく。あれ?デレた?ほんのり頬も赤く見えるし。



「そりゃ、言わないですけど……」



導師イオンと同じ顔。兄弟かなって思ったけど言うなってことは訳ありだと思った。だからだけど、師団長は私が言いふらすと思ったのかな。



「アンタは、導師を崇拝してるだろ」



そんなアイツとおなじ顔だなんて気味悪がると…とそこで黙った。ど、どうしよう、この人。これはちょっと卑怯だよ。



「た、確かに!導師イオンを崇拝してますけど、シンク師団長のほうがカッコいいですよ!」



一瞬しか見れなかったけど少しつり上がった瞳とかキリッとしててカッコいい。導師イオンはどっちかと言うと可愛らしいイメージ。だからカッコいいのは師団長で!と力説して気付いた。本人を目の前にして何を言ってるんだと。



「あ、あははははっ」



逃げたい。逃げだしたい。でも逃げられない。これって、告白してるようなもんだよね。呆れられるよね。全力疾走でとりあえず第四石碑まで逃げ出したい。


「い、今のは……その……」
「……アンタって仕事は出来るくせに馬鹿だよね」



と地面に座らされた。やっぱり呆れられたかな。



「アンタ、僕にどうして欲しいの?どうしたいの?」



溜息混じりの質問に固まってしまった。どうして欲しいのか、どうしたいのか。願うことはただ一つ。



「師団長の隣にずっと立っていたいです!」



そう叫んでシンク師団長の手を取った。





となりはわたしの特等席
((想いはいらない。そこに居られれば))









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