五十音順の詠
てを握って(TOD/リオン)







その一言だって言うのに勇気がいるんだよ?








「もう少し歩み寄れないの?」



次への目的地に向かう途中。休憩中になるとみんなから離れて休む一応、上司の元へと行く。彼は私を一瞥してすぐに視線を逸らす。そんな彼に私ははぁ、と息を吐くしかなかった。



「お友達になれって言ってるわけじゃないんだよ?」
「僕に構うな。それとあいつらと仲良くなる気は毛頭ない」



こりゃダメだ。この坊っちゃんは人を全く信用しない。信用してるのは腰に下げている彼の愛刀でありソーディアン・シャルティエと彼の屋敷のメイドのマリアンだけ。それ以外の人間に心を少しも開くことはない。部下である私も例外じゃない。付き合いはそこそこ、皮肉めいた笑み以外の笑顔すら見たこたもない。



「あんたもよくあんな奴の部下なんてやってられるわね」
「もう慣れだよ、慣れ」



ここで一つ困ったことがある。別に困る必要はないんだけど、どうやら私はそんな自分勝手なあの坊っちゃんが好きなようだ。自覚したのはつい最近。ふと、そう感じてしまったのだ。でも彼が思いを寄せるのはマリアン。私が入る隙間など1ミクロンたりともない。



「やあっ!」



戦闘中だけは違う。彼の部下になってもう二年も経つからか、連携はとりやすい。それはリオンも思ってくれてるのか、彼のサポート役を任されることも多い。連続攻撃の時のスイッチやリオンが晶術の詠唱中のサポートとか。慣れてしまえば、彼の次の行動も読める、と言うか、わからないでいると後で怒られる。



「なまえさん、怪我をされてますわ!」
「これくらい平気だよ」



フィリアに指摘されて腕を見ると血が流れ出ていた。もうすぐ街に着くし、大した怪我でもないからいいよ、と言ってもルーティがばい菌が入るといけないからとすぐにアトワイトで治癒術をかけてくれる。こういう優しさを少しは欲しいけど、彼は一瞥もくれない。



「あんたのせいで怪我したんだから一言謝りなさいよ!」
「ルーティ、いいよ。怪我は自己責任だから」
「当然だ。よくわかってるじゃないか」



彼に期待するだけ無駄。代わりにルーティが怒ってくれるし、スタンやフィリアにマリーが心配してくれる。十分だと思う。



「……とはいえなぁ」



全くの堪えないわけじゃない。それなりに図太い私でも傷つくこともある。宿をとったんだから休めばいいのに、なんか風に当たりたくて外に出た。もう日は暮れて暗い。みんな心配してるかな。でもまだ戻りたくなくて。



「今日に限ってなんでこんなにネガティブなのよ……」



彼の態度は何時ものこと。気にする必要はない。ただ、私の勝手な嫉妬。怪我したのがマリアンだったのなら彼は全力で心配するのだろう。マリアンだったら、シャルティエだったら彼の側にいても何の文句も言われないんだろうな。



「惚れた弱み、か……」



選りに選ってなんであの人なのだろうかと自分でも不思議だ。一度たりとも褒められたことはないし、笑顔を見せてもらったこともない。労いの言葉だってない。要は嫌われているのだ。完全に無視されないだけマシなんだろうけど。



「この任務が終わったら、客員剣士……辞めようかな」



どうせ客員だ。故郷に戻って適当に生活したっていい。貯えはそれなりにある。忙しくてお金なんて使う暇なかったし。別に私が辞めてもリオンはなんとも思わない。ただ軽蔑はされるだろう。どうせ嫌われてるなら関係ないか。



「よし!そうしよう!」



神の眼奪還の任務で有終の美を飾ろう、と意気込む。



「ここにいたのか、この馬鹿者め」



両手の拳を胸の前で握って決意を固めると背後から声が。その声にビクッと肩を震わせてしまった。いつからそこにいたのか。独り言を聞かれてしまってたんじゃと不安になったけど、怖くて振り返られない。そもそも、ここにいたのかという発言に驚きだ。



「こっちを向け」



そう言われては向かないわけにはいかない。ゆっくりと振り返ると、不機嫌そうな表情を浮かべながら、胸の前で腕を組むリオンの姿があった。これはかなり怒ってるな。



「こんな時間まで何をしてる」
「えっと……反省?」



視線をそっと逸らす。反省も5分足らずだけしたから嘘じゃない。何が疑問なのか彼は眉を寄せ、怪訝な面持ちを見せる。



「今日の戦闘の反省点を考察してたら、こんな時間になっただけだよ」



ここは明らかに嘘だけど。だってあなたの事で悩んでました。ついでにこの任務の後、客員剣士を辞めます、なんて言えるわけがない。



「もう少ししたら戻るよ。あ、夕飯はいらないから」



とりあえず場所を変えよう。ここにいたくない。と言うか、今はリオンの顔は見ていたくない。踵を返して、この場を後にしようとしたら、手首を掴まれた。



「な、なに?」



それでも歩き出そうとしたけど、手を引かれてそれはままならなかった。一歩だけ後退し、肩越しに彼を見る。さっきより不機嫌な顔。そんな顔をする理由がわからない。身勝手で不出来な部下にイライラしているだけかもしれないけど。



「ちゃんと、戻るよ」



戻るつもりはある。任務は全うする気は全然あるのだから。ただ、もう少し心の整理をつけたいだけ。



「僕に何を隠している」



確信を突かれました。なまえちゃん、大ダメージです。思わず言葉に詰まってしまった。これは肯定しているも同然だ。背中から盛大な溜息が聞こえる。次の瞬間、腕を引かれ、無理やり振り向かせたと思ったら、側にあるベンチへと座らさせられた。そして私を挟むように両手を背もたれに突く。今までにない近距離と逃げられないという思考が入り混じる。



「言え」



有無を言わせる気はないらしい。人通りがない事が幸いか不幸か。いや、不幸だな。逃げようがない。



「……自分の無能さに悲観してただけだよ」



これだって嘘じゃない。彼からしたら私は役立たずだろうし。側に居ても辛いだけなんじゃないかって。



「本気でそう思っているのか?」
「限に今日は結構ミスしたよ。リオンの詠唱を遮っちゃったし、怪我もしたし、連撃入るタイミングも悪かった…」



どれも人に迷惑がかかるものばかり。思い出すだけで、溜息が出そう。涙じゃないだけマシなのかもしれない。



「詠唱の件は魔物の勢いが予想以上に強かったから。怪我は僕を庇ったから。タイミングはスタンが割り込んだからだ。お前に比はない」



思考が停止した。だってリオンが私を責めるどころか、比がないとか言うから。そんな事、一度だって言われたことないのに。


「僕はなまえを無能だと思ったことはない……と、とにかく、そのマヌケな顔をどうにかしろ」



気のせいでなければリオンの顔が赤い。マヌケと言われて、自分が口を開けっ放しだったのに気付く。



「お前のこの手は嘘を吐かない。だからそんなくだらない事で悩むな」



ようやく離れてくれるリオンは豆だらけの私の手を取る。鍛錬でできた傷だらけを手は嘘を吐かないと。慰められてるとわかると顔が自然と緩む。だらしない顔をするな!と怒られたけど、それは無理な相談だ。先を歩き出したリオンが振り返り、たまには労ってやる。褒美は何がいいなんて、明日、槍でも降りそうなことを言った。だから少しばかり彼の温もり欲しさに、少しばかりの勇気を振り絞って言った。





を握って
((それだけで満足))









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