五十音順の詠
それだけで、(BASARA/風魔)





それだけで、本当に十分だった……








「……いつまで続くんだろう」



こんな生活。いっそ自害してしまえば楽だったのかもしれない。なのに私はこうして息をして生き続けている。この時代、いつどうなってもおかしはないというのに、私はただ毎日ぼんやりと空を見上げて生きている。母を早くになくし、父も戦で亡くした。女の私では家督は継げないと家臣たちも出て行き今は他の家へと行ってしまった。当然、私一人では何も出来ず自害をしようとしたら、父を殺した男に止められた。



『自ら命を絶つなど馬鹿な真似はするな。儂がお前に生きる道を示そう』



彼はそう言った。人殺しなのに、眩しいくらいの笑顔で。父の敵と殺してやりたかったけど、武に覚えのない私なんかでは逆に殺されてしまう。それでもいいと思ったけど、けど実際には出来なくて、ああなんて臆病なんだとただ嘆いた。



「……鳥になり――っ!?」



空を飛ぶ鳥に目をやりぽつりと一人で呟こうとすると、その空から一つの影。次の瞬間にはどさっ!と大きな音を立てて何かが落ちてきた。



「え……ひ、一人……?」



黒い物体はよく見れば人で、凄く大きな人だった。こちらへと向けられた顔は面で殆ど見えず、でも目つきは鋭いと言うことはわかった。武を知らない私でもわかる殺気というもの。殺されると覚悟もした。けど――



「だ、大丈夫…ですか?」



自分でも驚いた。その男に声を掛けているのだから。見るからに何処かの忍なのだろうけど傷だらけだったから。所々から血が流れている。一歩二歩と近づくと彼は何処からか苦無を取り出し構える。近寄ると言うことなのだろうか。



「手当、しなきゃ……」



自分でも何を言っているのだろうか。放って置くか、この小さな私の家から少し離れた場所にある駐屯所にいる徳川の兵に突き出せばいいものを。ただなぜか放っておけなくて。



「少し待ってて」



確か部屋には少しばかりの包帯と傷薬はあったはず。あと布とお水。ここに来てからの自炊生活で昔とは比べものにならないほど力は付いたおかげで難なく持てる。



「染みたら、ごめんなさい」そっと血の流れている腕取る。私は手当のつもりでも彼は攻撃されると思ったら私はいつの間にか死んでるかもしれない。それにも関わらず、汲んできた水で傷口を洗う。水で流しても出てくる血に布を当ててる。私を殺す素振りを見せない彼の顔を覗き込むけどその表情はやはり読みとれなかった。もう一度、染みたらごめんなさいと言って薬草をすり潰した塗り薬を傷口に塗り、布を一枚乗せてから包帯で巻く。同じように他の傷も手当てをしてくが、名も知れぬ彼は呻くこともしなければ微動だにしない。



「これで、終わりです」



指の傷まで手当てをし終えて私は少し離れた。私を殺そうとした殺気は感じられない。今の私には敵味方はないけど、何処ぞの国の忍を助けて良かったものなのか。今更ながらそんなことを思ってしまった。



「……私はなまえって言うの」



あなたは?とは聞かなかった。忍が名を教えるわけがないから。どうせ私は身分も何もない身。ただただこの家で一人で生きていく籠の中の鳥。徳川の許しがなければ何処へと行くことも出来ない。酷いことをする人ではないとわかってるけど、死なせてはくれなかった。



「……えっ?ふう、ま…こた、ろ、う……?」



彼は何も答えない。だから薬箱を持って立とうとしたら不意に手を取られた。彼は私の掌に一字一字ゆっくりと何かを書く。それを私が口にして言葉にすれば、書かれた文字が彼の名前だと理解した。



「……風魔、小太郎……」



女の私でも知っている。私だって小さな領地を治めていた家の娘。彼は北条に仕える伝説の忍だ。けれどもその伝説の忍がなぜ傷だらけでここにいるのだろうか。どこかへ間者として入ったはいいけど見つかって攻撃されたとか?でも伝説の忍なら簡単に逃げそうだけど。それ以前に周囲を徳川兵が守備しているここに来たのだろうか。



「……なに、これ?」



たぶん懐から出したそれを私は警戒もせず受け取った。少し血で汚れてしまっている、綺麗な織物に包まれた何か。訝しげな表情で彼を見たけど何も言わず、小さく頷いた。要は私に開けろということらしい。何が包まれてるのやらと、無意識にはぁと息を吐き織物に手を掛ける。



「これは?」



織物の中から出てきたのは桜の飾りが付いた簪だった。淡い色の桜の花の飾りに葉っぱを彩ったような緑の飾り。そして折られた紙が一枚。



「私に、読めと言うの?」



問えば風魔は頷いた。どういう意味なのか理解は出来ないけど、彼は彼なりの意図があるのだろう。ともかく読めと言うのだから読んでみよう。開いたその紙にはびっしりと文字が記されていた……私のよく知る書で。



「……これ、って……父上の……」



その内容に驚愕なものだった。だって、私はそう思って生きていたのにそれは間違いだったと。敵だと思っていた徳川は敵ではなく父がその傘下へと降ろうとしていた事。それを快く思わない軍が父を討とうとしていること。ひょんな事から知り合ったこの風魔小太郎にもしもの時はと手紙と簪を預けたと書いてあった。



「もしかして、私の顔を知らなかったから、名前を聞いて父上の娘だってわかったの?」



空から落ちてきた時は私が誰だかわからなかったからあんな殺気を発してたのかと問えば彼は頷いた。



「さっきから気になってたんだけど。あなた、口が利けないの?」



一度も声を発しない。落ちてきたときも傷の手当てをしたときもこうして質問してるときも。その質問には答えなかった。頷くことも何もしない。ただ私を見ているだけ。



「……ありがとう」



何でもいいや。こうして父の言葉を伝えてくれただけで。もしかしたらこれを渡すためにここに来たけど徳川の兵に敵の間者に間違われて攻撃されたのかもと思うとただただ感謝だけが溢れた。風魔の手を取ってもう一度、ありがとうと伝える。


「……あっ」



空いている方の手で私の頭を撫でる風魔。大きな手で優しくそっと撫でられるのは何だか気持ちいい。そして今度は涙が流れてきた。父が亡くなってから泣いたことはなかったのに、止めどなく流れる。両手で顔を覆って肩を震わせる私をただ黙って撫でるのをやめようとした。



「……お願い、もう少しだけ……」



撫でていて欲しいと願えば、彼はまた私の頭を撫で続ける。今はこのままでいて欲しかった。その理由はわからないけど。






それだけで、
((今はそれで十分))









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