五十音順の詠
せかいが何と言おうと(TOX2/ヴィクトル)









わたしは、すべてを……うしなった









「……気分はどうだい?」



窓の外を眺めていれば後ろから声を掛けられる。ノック音はしただろうか?と疑問も浮かんだけどそんな事はどうでもよかった。わたしには、関係ない。だから、その質問にも答えなかった。



「もう一ヶ月だ。エルも心配している」



だから何なんだ。エルに心配かけるのは嫌だけど、それでも答えたくなかった。違う……この人と話をしたくない。この人を見たくない。見てしまったら、思い出してしまう。あの日のことはもう思い出したくない。彼が……死んでしまったことを。この人が、殺したという事を。



「もうすぐなんだ。私たちが生まれ変われるのは……」
「――っ!」



ガラス越しで姿を見ないように目を瞑って俯いていると後ろから抱きしめられる。その瞬間、体か強ばる。だって、抱きしめ方が……一緒だから。同じで、当たり前だ。



「……やめてぇ!」



条件反射的にわたしはこの人を突き飛ばした。ベッドに座るように倒れたこの人を見てしまった。仮面で顔は隠れているけど、仮面の下から見える翠の瞳は彼と一緒で。わたしを見る優しい瞳も同じ。だから見たくなかった。認めたくない、思い出したくない。両目から涙が流れ出るのがわかる。



「……なまえ」
「その声で呼ばないで!」



まるでヒステリックになったかのように、わたしは両耳を塞いで頭を振る。わかってる、わかってるの。もうこの世界にも正史世界にも彼はいない。二度と会うことが出来ない。



「君の知る、ルドガー・ウィル・クルスニクはもういない。私がなまえのルドガーになるのだ」



ゆっくりと立ち上がり、わたしへと近づく。そして無理矢理立たせてベッドへと放り投げる。この人はわたしの両手を片手を押さえつける。もう片方の手で、自身の仮面を取る。仮面の下の顔。右目は時歪の因子化したその傷と髪の色以外は、彼と全く同じ。同じ顔。



「……るど、がー」
「そうだ。私がなまえのルドガーだ」



彼と同じように微笑むこの人――ヴィクトルはわたしの目から零れる涙を舐めとったあと、今度はわたしの唇を塞いだ。逃げようとしても両手は掴まれていてもがくことしかできない。口の中に進入してきたそれはしよっぱくて、全てを犯された感じがした。



「……んっ……やめ……いや……っ」



必死に体を捩って深まっていくその行為から逃げようとする。でも段々と頭がぼーっとしてきて、もがく力が失せていく。違う…違うとわかっているのに、わたしはこの人に囚われている。



「……ルドガー……ルドガー」
「愛しているよ」



この人はルドガーであってルドガーじゃないのに。なのに、違うところが見つからなくて。わたしを見る瞳が同じで、名を呼ぶ声が同じで、抱きしめ方が同じで……キスも、同じ。目の前の人が私の愛した人と重なって、違う人には見えなくなった。



「………」



声にならない言葉。彼を拒むことが出来ない。それに対しての懺悔を叫べない。また涙が出る。止まらないキスに応えてしまっている自分にか、裏切ってしまったことにか。ルドガーやみんなを殺したこの人を受け入れてしまった。ずっと拒み続けたのに、もう……駄目。



「正史世界で一緒になるんだ」



シャツのボタンを一つ二つと外される。露わになる首元をヴィクトルが噛みつくように吸いつく。ビクッと体か跳ねる。反応してはいけないと、これ以上は駄目だと何度も頭の中で拒否をしてるのに彼は止めてくれない。



「や、やだ……ルドガー……」



呼んでも返事はない。わたしの記憶のルドガーは血溜まりの中で倒れている姿。笑いかけてくれたり、心配してくれたり、怒られたりした姿が、段々薄れてく。ルドガーがいない以上、わたしが正史世界へと戻る手段はない。たとえこの分史世界の時歪の因子であるヴィクトルを殺したところで時歪の因子を破壊できるわけではない。わたしの帰る場所はない。どんなに拒否しても、何の意味もないのかも知れない。



「なまえは何の心配をしなくてもいい」
「……うん」



そうだ。何の心配もいらない。もう少ししたら、正史世界に帰れるんだ。ルドガーと一緒に。また、一緒に泣いて笑って思い出を作ればいい。素直に頷いたからか、ヴィクトルはわたしの手を解放してくれた。掴まれていていた手首が少し痛むけど、そんな事はどうでもいい。



「……いいん、だよね?」



小さく小さく発せられた声。彼には聞こえなかったのか、行為を続けていく。自分で受け入れたくせに、まるで他人事。だって、同じだけど同じじゃないもん。でも、自ら命を絶ったら、彼は泣きそうな気がしたから。だから……わたしは悪だろうが何だろうがすがりついて生きるんだ。彼の、ルドガーの分も。



「……なまえ」
「……っあ」



わたしが集中していなかったのがわかったのか、急に刺激を与えてくる。思わず出てしまった声に耳を塞ぎたくなった。ルドガー以外の人に、そうさせられるなんて。



「私がルドガーだ。もういない奴のことなど思い出すな!」



ああ、この人も寂しいんだ。わたしと一緒で。この世界のわたしはもう死んでいて。成り行きで付き合い始め結婚したエルの母親も死んでしまい、寂しいんだ。エルがいたけど、自分が長くないことを知って辛いんだ。ただ、幸せになりたいだけ。この世界は、偽物じゃない。



「わたしは……いなくならないよ……」



今にもわたしを殴ろうとしそうなヴィクトルに向かってわたしは両手を広げる。



「わたしは『ルドガー』のものだよ」



同じなんだ。わたしと、彼は同じなんだ。ああ、そうだとわかったらあとは簡単だった。



「わたしは、ルドガーを愛してるもん」



どれくらい振りだろう、笑ったのは。わたしが微笑めばヴィクトルは一瞬驚いたけど、すぐに微笑み返してくれた。わたしの大好きなルドガーの笑みで。そしてわたしたちは口づけを交わした。






せかいがなんて言おうと
((わたしは『彼』を愛してる))









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