「えっと、あとはー」
本棚から数冊の本を取り出す。後はどれだっけなーと思いながらメモを見る、うん、片手でこれだけの本を抱えながらメモを見るのは危険だ。とはいえ本を置ける机や台は側にはない。仕方ない、このまま探すとしよう。
「わっ!」
抱え直した本が崩れる。これはマズイ。軍の資料や貴重な学者様の著書まであるのに落ちる。てか私も一緒に倒れるかも。一冊でも多く死守しようと自らを下敷きにする決意をする。けど、やってくであろう痛みはいつまで経ってもやってこない。
「あなたは何をやってるんですか?」
「へっ?」
後ろから声。正確には頭上なのか、呆れたようなその声に私は間抜けな声で返す。見上げれば声と同じ表情をした上司様が立っていた。まるで倒れそうになっている私を支えるように。
「ジェ…カーティス大佐…」
思わず名前で呼ぼうとしてしまった。癖になってしまってるから気を抜くとやってしまい怒られる。 トリップなんてものをして一年。旅を終えてマルクト軍に入って半年。未だ慣れない。ジェイド、と呼んでいた時間の方がまだ長いから。
「何って…頼まれた資料を取りに来てたんですよ」
「いつまで経っても帰ってきませんがね」
あれ?そんなに時間経ってたっけ?だってここの資料室無駄に広いんだもん。さすがにまだどこに何があるかなんて覚えてない。
「いい加減覚えなさい、みょうじ少尉」
そう言えば、軍に所属するようになってからジェイドに名前で呼ばれてないなぁ。まだ新人の私はともかく、一個師団の師団長であるジェイドの忙しさは半端ないし。あれ?なんか寂しい?
「みょうじ少尉。聞いてますか?」
「……ごめんなさい。すぐに用意します」
なんでこんなに寂しいんだろう。軍に所属してからはずっとこんな感じだったのに。すっと彼から離れる。背中の温もりが、今の関係のように消えていく。
「なまえ」
久しく聞いていない自分の名前。驚いて振り向けばいつもより優しい笑みを浮かべて彼は隣に立っていた。あの旅をしていた頃のように。
「静かなあなたはあなたらしくないですよ」
と、私のこめかみの辺りに唇を落とす。端整な顔立ちが近づくだけで照れるのに直接肌に触れられる。
「ここにいなさい」
そっと肩を抱かれた私は真っ赤な顔でただただ頷くしか出来なかった。