ひと目で恋した








「離して」



コート脇の路地。そこに小さな影が二つ。小柄な少女とそれより少しだけ背の高い少年。壁に背をつけてキッと目の前の少年を睨む。



「聞こえないの?フィデオ」
「聞こえてるよ。なまえ」



見つめ合う、と言うより睨み合う二人。なまえの左手はフィデオの右手に掴まれている。彼のもう片方の手が彼女の顔の脇の壁に置かれているためなまえは逃げることは出来ない。何故こんな状況になったのか、一週間ほど前だったかなまえがオルフェウスのマネージャーになったのは。



「単刀直入に聞くけど、君はミスターKのスパイなのか」



聞こえていると答えたがその手を離す気配なくフィデオは顔を歪めた少女に問う。いきなりオルフェウスの監督に就任したミスターKとほぼ同時にマネージャーとしてチームに加わることになったと言ってきた少女。イナズマジャパンの円堂たちからミスターKの話を聞いている以上、警戒しないわけには行かない。キャプテンが不在の今、自分がチームを守らねばとフィデオが責任感から起こした行動。



「あんな奴とは関係ないよ。あたしは国から依頼されてきたって言ってるでしょ!」
「それならミスターKもそうだ。彼に手引きされて潜り込んだかも知れない」



頑として譲らないフィデオになまえは思った。頑なにそうだと思いこんでいる人間に何を言っても信じない。かと言って隠し事をしているからきちんとした説明が出来ない。それを今、言うわけには行かずどうしたものかと思考を巡らせる。ごまかしが利くかどうか。相手は同世代とは言え男の子、力で適うはずもない。



「何も言わないのは、肯定の証か?」



全てを説明できたらどんなに楽か。フィデオに悪気はない。チームのためだから。小さく溜息を吐くなまえに少し苛立ちを覚えるフィデオ。何故何も言わないのか。違うなら否定も説明できるはず。何故してくれないのか、疑問は次第に苛立ちを頂点とさせる。



「なまえ!」
「いたっ!」



怒鳴るように大声で彼女の名前を呼ぶ際に手首を掴む手にも力が入る。痛みで顔を歪めるなまえを見て彼女の手首を掴む力を緩める。なまえの目尻からうっすらと涙が浮かぶ。罪悪感には駆られるがここで引くわけには行かない。もし彼女がミスターKもしくは他国のスパイなら見逃すわけにも行かない。



「どうして……何も言わないんだ」



怒りもあるが悲しくもあった。出会った当初から人見知りのしないなまえはすぐにチームに溶け込めた。もちろん最初はみんなも警戒はしていた。予選の途中から連絡もなくいきなり見知らぬ人間がくればそうもなる。



「……なんで、フィディオがそんな顔をするの?」



まだ涙を浮かべたままのなまえ。その彼女の言葉の意味がわからない。そんな顔、とはどんな顔なのか。



「もし、あたしが全てを話したら信じてくれるの?」
「内容による」



話してしまおうか。そんな気に駆られないわけでもない。でも、と考えてしまう。



「言えない」
「何故?」



フィディオを見上げていた顔を少し俯かせて横に振る。少しの間を置かずに彼は問いの言葉を掛ける。なまえが怯えないように感情は抑えて。



「……約束だから」



ぽつり、小さな声で呟く。誰との、と訊ねたが彼女は答えず首を振るだけ。



「なら、無理にでも聞くまでだ」



手首を掴む手を力を再び強め、地震の顔をなまえへと近づける。徐々に縮まる距離。あと少しで互いの鼻先が掠る。フィディオの意外な行動に驚き避けようとするが片手は掴まれ、反対側は顔の真横に彼の手がある。そして後ろは壁。逃げ場などない。このままではキスをされる……いや、無理にでもと言うのならそれ以上のこともあるやもしれない。



「わ、わかった!教えるから!フィディオ!」



あと1センチほどで唇が触れるというところでなまえが折れて声を上げる。それを聞いたフィディオは少しだけ顔を離し彼女の顔を見つめる。観念したなまえは自身のジャージのポケットから一通の手紙を取り出す。空いている片手で器用に開き、それをフィディオに見せる。



「これは……」



書かれていた内容に驚きの表情を浮かべる。その内容は――





『フィディオとチームのみんなを頼む』





その一言だけ。そしてその下には手紙の主の名前と思われるサイン。今はチームを離れる、フィディオの最も信頼する人物。



「ミスターKに感づかれるわけにも行かなくて……ごめん」



彼とは幼なじみで、どうしてもチームを離れなくてはならないから常にみんなの側にいて報告してくれと頼まれたと。ゆっくりと話し始める。



「本当にごめんなさい」



俯き謝罪するなまえ。たとえ怪しまれても話してはならなかったから。



「フィ……っ!?」



何も言わない彼に不安を覚え顔を上げると、掴まれていた手を強く引かれる。勢いのままに任せれば体はフィディオへとダイブする。それに驚き声を上げる前に背中に手を回されて抱きしめられる。



「フィディオ!?」
「……よかった」



突然のことに頭が追いつかないなまえをよそにフィディオは安堵の息を吐く。その意味がわからず、はい?と少々間の抜けた声を上げれば、フィディオは彼女を抱きしめる力を強める。



「君がスパイじゃなくてだよ」








(続きしていい?)(な、なんのーっ!?)(へー、聞くんだ)

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