見るからに凡人、どころか女にとっては人生をも左右するそとづらという意味では落第もいいところであった。卓の一辺がそんな子供で埋まるようならばたいした打ち手など集まってはいないだろうとアカギが見切りをつけたのも当然のはずのその均衡を、凡人はいとも簡単に破ってみせた。自分の牌だけを凝視して他家の捨て牌など目に入らない素人以下の打ち筋のことではなかったが、はじめはアカギにもわからなかった。ただしばらく眺めてみればなるほど簡単なこと。そんな普通の草食動物を装った怯える目の奥が、鈍く刀の色に光っている。その名前を知っていると語る。

やはりアカギの気配にいち早く気づいたのはその凡人だった。そこでようやく人当たりのよさそうな笑みの後ろで本物の怯えを垣間見せるのでつい口元がより凶悪によじれる。混ぜちゃくれないか、どうやらその凡人の先輩である男たちはおおっぴらに怪訝な顔をしてみせたが、凡人は一も二もなく立ち上がった。どうみても未成年のくせして手にはマッチとキャスター、どこまでも小物の臭いが隠せない。だが逃すつもりはなかった。座るよううながし、差し馬を持ちかけた途端、逃げられないと理解したのか笑顔はもはや崩壊した。





凡人はヨシカというそうだ。
これでしばらくは退屈しないで済みそうだ、とほくそ笑むアカギの前を、ヨシカが若干肩を落としながら歩く。当面の暇つぶしと宿と飯を戦利品にして上機嫌な勝者を肩越しに振り返り、敗者は恨みがましげに低く唸る。


「アカギさん、なにものなんですか」
「…さぁね」
「なんで、わたしなんですか」


声音はもはや恨みというよりとまどいに変わっていた。それを言ってもいいものかほんの少しだけ逡巡して、それこそ有効な罠だと心のうちだけで笑って目だけは真剣に頭一つ下を見つめる。ヨシカはそれにすぐ気がついて立ち止まりアカギの顔を見つめ返す。


「あんた、ほんとは嫌いなんだろ」


アカギにしてみればそれがどうした、と切って捨ててしまえるようなことで、ヨシカはたやすく絶望に目を見開く。泣き出してしまいそうだと思ったのに、案外顔をぐしゃぐしゃにゆがめただけだ。Tシャツの胸元を強く握りしめすぎて平らな胸の上に皺が寄るのも気にしていないようで、逃げられやしないことも重々承知のはずがじりじり後ずさりする。


「だから、嫌だったのに」


血を吐くように、悲鳴のように、絞り出すような小さな声はそれでもアカギの耳を心地よく打つ。


「そんなことわかったって、あんたはわたしを救ってくれやしないくせに」


その通り。


「ああ」


だからそのまま肯定した。そんな義理はなくむしろこちら側にひきずりこもうとしているまさにその時なのだ。どれだけ必死にふつうを装ったところでそれ以上の狂人には一目瞭然、その閃光を知りえるのはかなしくも性能の有無ではない。こんななんの強みも持ち合わせていない、いやだからこそ、失望の色はより強く、塗りつぶしがたく双眸を彩ってしまう。どれだけ逃げようったってそうはいかない、ならばあとは受け入れてその日の光から落ちるほかないのだ。

ヨシカの目にアカギが見たものは、自分と同じ失望と退屈だった。ただ生きることのむなしさだった。何をいくら手に入れようと最後にはすべからく消滅してしまう理不尽への諦観だった。あらゆることは無意味だ。ヨシカが痺れるほどに恐れるその思想を、受け入れろとアカギは言う。どれだけ目をそらしたって、お前はその真理から逃れる唯一の手段を持って生まれてこなかったのだと。



「だが、それだけじゃない」


ヨシカはより警戒を強めて唇を強くひき結んだままアカギを見つめる。
同類だからこそ、アカギには理解しがたい部分があった。その予感さえなければ、こうして強引な手段を用いてまで手に入れようとは思わなかっただろう。


「どうしてアンタ、奴らを許してるんだ?」


アカギにとって、とりあえずの安寧に浸って満足な顔をする連中は拳を振り上げて糾弾する価値もない俗物であった。本質から目を逸らすような輩では到底望むものは得られないからだ。だがこいつは違う、とアカギの直感がささやく。まるでそれを見つめることがこの世で最も下劣な大罪であるような顔で、とんでもなく頭の出来のわるいふりを始めるのだ。なんにも考えちゃいませんよ、と言わんばかりに。そうやって立ちまわる理由を、アカギは知りたかった。


「え…?」


心の底から意外だと目を見開くので、本当に何もわかっていないのか、と呆れる。意識の外のことだったのか。しばらく言葉を探してさまよう視線をとどめるように、アカギはヨシカの肩を掴み強引にまわれ右させる。うながされるまま歩き始めながら、頭の中はまだアカギの問いの答えを探しているようで足元がおぼつかない。やっぱり気真面目だな、と喉の奥で笑う。まだ、いいのに。いまはわからなくてもいいと思えるうちは。