ふかふかのベッドみたいな堕落にすっかり身を預けたまま、こたつで丸くなっていたら、カイジがパチンコから帰ってきた。端数でもらえる缶コーヒーと駄菓子の入ったビニール袋を提げて、鼻の頭を赤くしている。今日はめずらしく勝ったらしい。はきはきした声でただいま!と言うので今まで寝てましたよ、というようなおかえりを返すと、カイジは右腕を下にして横向きに寝ていたわたしのそばまで来て、こたつに袋を置いて首を傾げのぞきこんでくる。それだけでああ今日は何かあったんだな、と分かってしまうカイジは案外すごい。けれど何も聞かないで、ちょっと待ってろとだけ言い残してどこかへ行ってしまった。こういうところは駄目。上半身を起こしてカイジの置いていった袋の中を覗き込むと、無糖ブラックとガム。センスも駄目。

しばらくしてカイジが戻ってきた。今度は耳まで赤くて、寒さで古傷が痛んだりはしないのかなと思う。今度は仰向きになって首までこたつにどっぷり浸かっていたわたしの隣にしゃがみこんで、額にかかった前髪を慎重な手つきで分けながら、やさしい声で問う。


「今日、ふたご座流星群なんだってよ。それで、佐原からバイク借りてきたから、その…見に行こうぜ」
「カイジ免許なんか持ってたっけ」
「うっ…ま、まあ、なんとかなるだろ…」


バツの悪そうな顔がかわいくてちょっとだけ気分が上向いたので、こたつから這い出すと、カイジがかいがいしくコートとマフラーと手袋を用意してくれた。それだけでうっかり泣きそうになった。
外はバイクなんか乗っていられないほど寒くて、わたしはカイジに手袋を差し出した。頑として受け取らないのでむかついてふくらはぎに蹴りを入れてから先にバイクにまたがった。佐原くんのバイクは四角くて大きい、二人乗りしやすそうなものだ。ヘルメットはひとつしかなくて、カイジはわたしにそれを渡すと、慣れない様子でバイクにまたがり何度か失敗しながらエンジンをかけた。


「どこに行くの?」
「海」


随分遠い。それまで捕まらないといいけど、と思いながら空を見上げると、しゅっと細い線が走った気がした。気のせいだろうとカイジの肩に手を置くと、こっちにしとけ、とぶっきらぼうに腰の方に位置を変えさせられた。





海沿いのコンビニにバイクを止めるころには、表皮がぱきぱき音を立てそうなほど全身冷え切っていた。わたしのお金で温かいコーヒーとミルクティーを買って、カイジは念のためと言ってバイクを堤防沿いまで引きずっていった。誰もいない海は静かで暗く、星が流れたら音まで聞こえそうだ。わたしたちは堤防に腰かけて、星と月の明かりしかない真っ暗な海を見つめた。分厚い手袋越しに、ミルクティーの熱さがゆっくり浸透してくる。

かなしいのはきっと、何一つ満足にこなせない自分だ。嫌だという熱意にあらがってバイトに行ったり大学に行ったりするのを当たり前にこなすみんなの最後尾で、わたしだけがその悪魔の手をとってしまう。しなくちゃ、という義務が後ろから突き飛ばそうとしてくるから、わたしは余計に背を向ける。どろどろと自分が融けてしまうみたい。そうして怠惰というバケモノになって、今度は誰を引きずり込むのか。カイジは一緒にいてくれるだろうか。


「わたし、もうだめかもしれない」
「え?」


熱心に星を探していたカイジがこっちを向いたのが気配で分かる。それ以上何も言おうとしないわたしをじっと透かすような目つきで見て、それが怖くて星を探すふりをした。


「まだ何もしてないだろ、お前は。だめになるようなことがあるのかよ」


カッとなって、あんたに言われたくないと言い返すことは簡単だったけど、心の奥の素直なやわらかい部分がその通りだとうつむいた。本当にがんばったことなんて、何も持っていない。外側と内側の温度差でぐちゃぐちゃになって黙り込んだわたしの頭に、縫い目のついた左手がやさしく触れてきた。


「そりゃ、お前はサボってばっかだし不器用だけどさ、なんていうか…俺は別に嫌じゃねえよ」


温くなったミルクティーをぎゅうと握りしめる。そんなところまでわたしとおんなじなのかと思うと笑えて、泣けた。こうやってまた同じように怠惰を繰り返して嫌になって、そのたびにカイジがいれば、他の誰がどうだろうと構いやしないんだと思った。焦ることはない、力むことはない。わたしにとって本当に大事なこと。自分で言っておいて変に照れるカイジの横顔と、やさしい左手。ほんの、それだけのこと。